日本文化考

第二章以下で、このお経の主人公であるヴィマラキールティ(維摩詰)が登場して、大乗仏教の基本的な思想を、菩薩を含む色々な人との対話を通じて展開していく。かれはヴァイシャーリーの城内に住んでいるが、世尊の注目を引こうとして病気を装う。自分が病気であると知れば、世尊が見舞をよこすだろうと思ったからだ。果たして世尊は、かれの病気を知って、弟子たちや菩薩たちに、見舞に行くように命じる。だが誰も行きたくないという。そのわけは、かつてヴィマラキールティから厳しく批判・説諭されたことがあり、顔向けができないからだという。お経は十人以上の弟子や菩薩たちがヴィマラキールティから受けた批判や説諭の内容をまず紹介していくのである。

維摩経の序章としての第一章は、仏国土の清浄について説く。仏国土は本来清浄なものであるが、それが不浄に見えるのは、見る者の側に問題があるのであって、仏国土に問題があるのではない。仏国土自体は清浄なのである。だからその本来の姿を見るように衆生を教導するのが大事なのであるが、それを行うのが菩薩の使命である。そう言って菩薩のあるべき姿について説くのである。それゆえこの部分は、仏国土の本来の姿と、それを衆生に教導すべき菩薩の心得について説いたものだといってよい。仏国土が何かについては、それは衆生そのものに他ならないといわれる。だから仏国土の清浄とは、衆生の清浄ということを意味する。衆生は本来、清浄なものなのである。

維摩経は般若経の思想を一層深めたものである。おそらく般若経の成立から程ない頃に、般若経の思想をより一層明確なものにするために作られたものであろう。般若経の思想は空という言葉に要約され、それを独特のロジック(鈴木大拙のいう即非の論理)で展開したものだったが、維摩経はその空の思想を、更に深めた形で展開した。また、般若経における大乗思想も一層深められた。それは仏国土の概念において顕著である。仏国土とは、現世とは異なったところにある理想的な場所などではなく、現世がそのまま仏国土なのだとし、その仏国土に生きている衆生が、修業をすることで菩薩となり、ほかの衆生をさとりに向けて教導すべきだということを強調するのである。

第十七節以降は、それまでの部分(前半)で説かれたことの繰り返しがほとんどであり、また、前半に見られた論理的な(形式論理から見た)矛盾が一層強まっているように思われる。そこで、節ごとに一々詳細に言及するのではなく、特に目をひく部分を取りあげたい。

第十節から第十六節にかけては、金剛般若経のもたらす福徳について説く。その際に使われるロジックが独特のもので、これを甚深と言ったり、即非の論理と言ったりする。甚深とは、この経の中で用いられている言葉で、第十四節に出て来る。即非の論理は鈴木大拙が使った言葉で、通常の論理とは異なった金剛般若経独自の論理をさした言葉である。

第六節から第九節にかけては、求道者の心掛けるべきことについて説かれる。まず六節では、仏陀の教えを説いた経典は、仏陀の死後五百年たっても、その功徳を失わないということが説かれる。そのような時代にも、「戒を持し、福を修むる者ありて、この章句において、よく信心を生じ、これを以て実なりとなさん」。仏陀はそうした者たちのことをよく理解している。かれらがそうした福徳を得るのは、「我相・人相・衆生相・寿相無く、法相もなく、また非法相も」ないからである。ここで法相もなく、非法相もないというのは、「思うということも、思わないということもない」という意味。

般若経は、数ある大乗経典のうちで最も早く成立したと言われる。単一の経典ではなく、いくつかの経典からなっており、複数の人びとによって、紀元前後の百年ほどの間に、漸次的に書かれたと思われる。それらの経典に共通する思想は、「空」という概念である。「色即是空」とは般若心経の有名な言葉だが、この短い経は般若経の思想を集約しているのである。その般若経のなかでも、般若心経と同じくらいよく読まれて来たのが金剛般若経である。この経は比較的短いので、読みやすかったからであろう。

「仏教の思想」シリーズ(角川書店版)第三巻「空の論理」は、龍樹を開祖とする「中観派」の思想を解説したものである。前半では仏教学者梶山雄一により「中観思想」の成立と歴史的発展過程が概説され、後半では哲学者上山春平により中観」思想の基本的な特徴が強調される。その合間に、両者による対談が挟まれていることは、このシリーズの他の巻と同様である。

仏教学者渡辺照宏の著作「お経の話」は、前半で、仏教の成立・発展の過程におけるお経の位置づけを解説し、後半で、大乗仏教の代表的なお経を紹介する。紹介されるお経は、般若経、華厳経、維摩経、勝鬘経、法華経、浄土教経典、密教経典である。

「仏教の思想」第四巻「認識と超越」は、前半で仏教学者服部正明による唯識派の思想的な骨格の説明があり、後半では上山春平による実践にかかわる説明がある。実践というのは、さとりにかかわることである。大乗仏教は、衆生にも仏になる可能性があると考える。そのためには相応の努力をしなければならぬが、それに必要な条件を示すのが、上山が「大乗の実践哲学」と称するものである。

認識と超越

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角川書店刊行の「仏教の思想」シリーズは十二巻からなっていて、第四巻「認識と超越」は唯識思想について論じている。論者は仏教学者服部正明と哲学者上山春平。服部が唯識思想の哲学的側面を論じ、上山が実践的側面を担当するという具合になっている。多少煩瑣な印象を受けるが、唯識思想の歴史的な位置づけや、特徴を丁寧に説明している。

唯識は中観とならんで大乗仏教思想の二大流派。瑜伽行派ともいう、瑜伽行とは禅定の実践、つまりヨガを通じてさとりを得ようとするものだ。中観が高度に理論的なのに対して、実践的なことが唯識の特徴だと高崎はいう。高崎は大乗起信論の現代語訳をしている(岩波文庫所収)。大乗起信論は大乗仏教入門というべき書物で、無論唯識の思想も盛られている。この「唯識入門」は、唯識思想について、踏み込んで説明したものだ。なかなかわかりやすい。

第三段「解釈分」に続いて第四段「修行信心分」は、信心のための修行について説明する。これはすでに、「解釈分」の最後の部分で触れられていたものだが、それを改めてとりあげ、しかも実践的な方法に言及したものである。「解釈分」における修行の説明は多分に理論的なものだった。それをここでは修業のための実践的な方法について述べ、しかも一般の衆生にもわかりやすいように説明しているのである。

分別発趣道相とは、さとりに向けて発心するということである。その発心には三種ある。第一は信成就発心、第二は解行発心、第三は証発心。第一の信成就発心とは、信心の成就を通じて、さとりに向けて発心することである。この発心は、主に凡夫のためにあると言ってよい。凡夫が発心するためには、自己の力だけでは無理で、仏の力を借りなければならない。それも厳しい修業の果てにやっと仏に出会い、仏に仕えることで信心を養わねばならない。だが、仏にはそう簡単には会えない。通常の場合には、一万劫の時間がかかる。一劫とは人間の一生に相当する期間で約百年に相当する。その一万倍もの時間を生身の人間が生きることはできないが、仏教では、人間を含めて生き物は輪廻転生を繰り返すと信じられているので、その一万劫の間に、何度も生まれ変わるということになる。生まれかわりを繰り返しながら、一万劫たってやっと仏に出会えるのである。これは平均の場合であり、中にはこれより多くかかる場合もあれば、短く済む場合もある。それは生きている間の心掛け次第である。

対治邪執とは、誤った見解を克服することである。凡夫はもとより二乗の修行者でも、仏教の教えを曲解するものがある。そうした曲解を克服して正しい理解をさせることが対治邪執の目的である。しかして誤った見解(邪執)はすべて、ものを実体視すること(我見)に基づいている。したがって、ものを実体視することがなければ、誤った見解もなくなる。その実体視には二種類ある。一つは人我見、一つは法我見である。人我見は凡夫が陥りやすい実体視、法我見は修行者でも陥りやすい実体視である。

まよい(不覚)とは、心の真実のあり方(心真如)がすべての衆生に平等に備わっていることを知らないために、さまざまな心の動き(心生滅)が現れることを言う。しかし、その心の動きが、さとり(覚)と全く別のものだというわけではない。世間で人が道に迷うのは、方角を立てるからで、方角を決めなければまようことがないのと同じである。さとりもまよいも、同じ一つの心の状態なのだ。

衆生の心は、心真如と心生滅とからなっている。この二つは異なったものでありながら、同じ一つの心の二つの面である。心真如のほうは、心の基層部分ともいうべきもので、心の真実のあり方がそこで生起している。そのようなあり方を如来蔵とも呼ぶ。如来と同じ真実のあり方がそこにあるという意味である。心生滅のほうは、心の表層部分ともいうべきもので、そこでは現象的な経験世界が生滅している。要するに衆生の心は、心の真実のあり方としての不生不滅の心真如の上に、生滅を繰り返す現象的な世界である心生滅とが乗っているような形をなしている。この両者が、重層的な形ながら和合している姿を、アラヤ識という。

立義分において本論の大綱を述べた後、解釈分はその詳細を説明する。解釈分は三つの部分からなる。一に顕示正義、二に対治邪執、三に分別発趣道相である。顕示正義とは、正しい教え、すなわち心が真如と生滅からなるということを提示するものであり、対治邪執とは誤った見解、すなわち生滅心の生んだ仮象を実像と取り違える過ちを正すものであり、分別発趣道相は、以上を踏まえて、心を悟りに向けて促すものである。

第一段「因縁分」で本論の動機を述べた後、第二段「立義分」では、本論の構成が述べられる。義という言葉は、論の大綱を意味し、それを立てるというのであるから、本論の構成を述べるというわけである。だから、いわば目次のようなものにあたる。

「大乗起信論」は大乗仏教の入門書として、また「大乗仏教の本義を説き示す、根源的な仏教解説書」として、日本では仏教者の間のみならず、仏教研究者の間でも重要視されてきた。鈴木大拙や井筒俊彦といった思想家たちも、「大乗起信論」から大きな影響を受けている。ところがその成立については、従来異説が並びとなえられて来た。一説には、起信論そのものがいうように、馬鳴菩薩が作り、新諦三蔵が訳したといい、異説には、これはインド人ではなく中国人が書いたものだという。馬鳴菩薩とは、紀元前後に活躍したインド人だと言われるが、その事跡をたどることはできないでいた。また、新諦菩薩は中国の南北朝時代の梁で活躍していたといわれる。その新諦菩薩が、馬鳴菩薩の書いた「大乗起信論」を、紀元六世紀ごろに中国語に訳したという見方が従来有力だったのだが、その見方を決定的に否定する研究が、近年、日本人によって発表された。仏教学者の大竹晋が、2017年に発表した「大乗起信論成立問題の研究」という本の中で、「大乗起信論」は、中国南北朝時代に存在していた中国人によって、中国語の先行文献をもとに、パッチワーク的につなぎあわせて作ったものだと証明したのである。仏教学者の佐々木閑によれば、この証明は反駁できないもので、将来にわたって定説となるだろうという。

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