日本の解雇規制は厳しいのか?

| コメント(0)
最近、政府が設置した産業競争力会議などを舞台に、解雇規制の緩和が議論されるようになったが、その際によくいわれるのが、日本の解雇規制は非常に厳しく、それが労働力の移動を妨げているといった理屈だ。竹中平蔵氏などは、「日本の正社員というのは世界の中で非常に恵まれたというか、強く強く保護されていて容易に解雇ができず、結果的にそうなると企業は正社員をたくさん抱えるということが非常に大きな財務リスクを背負ってしまうので、常勤ではない非正規タイプの雇用を増やしてしまった」と、まるで正社員の解雇規制の厳しさが、非正規社員の増加の原因であるかのような言い方をしている。

こうした見方に対して、それが日本の雇用の特殊性に目をつぶった乱暴な議論であり、また、日本の解雇規制は必ずしも他の国より厳しいわけではないということを主張しているのは、労働問題研究家の濱口桂一郎氏である。

氏によれば、日本の解雇規制そのものは、ヨーロッパ諸国とくらべて何ら厳しいわけではない。「しかし、解雇規制が適用される雇用契約のあり方がヨーロッパ諸国とまったく異なっている。そのため、ある局面を捉えれば、日本はヨーロッパよりも解雇規制が厳しいようにも見え、別の局面を捉えれば、ずっと解雇しやすいようにも見えるのだ」

その日本の雇用システムの特徴とは、「"正社員"とい呼ばれる労働者の雇用契約にジョブ(職務)の限定がないことである・・・労働者は企業の中のすべての労働に従事する義務があるし、使用者はそれを要求する権利を持つ・・・これは企業という共同体のメンバーシップを付与する契約と考えることができる」

したがって、企業は労働者に対して時間外労働や遠隔地への転勤などを強制することができるし、それに従わない従業員に対する解雇の規制は非常に緩やかなのである、と氏は言う。一方仕事そのものはあるのに、企業の都合によって従業員を解雇することに対しては、厳しい制限を設けている。その部分だけを取り上げて日本の解雇規制がヨーロッパよりも厳しいと断じるのは一面的だと氏はいうのである。

ヨーロッパの雇用契約はジョブをめぐるものである。企業は労働者にジョブの遂行のみを求め、労働者はジョブの遂行さえしていれば余計な負担を求められないで済む。そのかわり企業にそのジョブがなくなれば、企業は労働者を解雇することが出来る。しかしジョブがあるにもかかわらず労働者を解雇することには厳しい制限が課せられる。

氏は言う。「ドイツでも、フランスでも、イギリスでもどの国でもそうだが、ジョブがあるのに解雇しようという企業に対しては、それが不当な解雇でないことをきちんと立証させるし、立証できなければそれは不当な解雇とされる。その解決方法としては復職・再雇用とともに金銭補償も認められているが、別に金を払えば不当な解雇が正当になるわけではない」

以上のような点を踏まえて、氏は次のように言う。「現在の大企業"正社員"の大部分は、ジョブ型の欠員補充で"就職"したのではなく、メンバーシップ型の新卒一括採用で"就社"した人々であり、"何でもやらされる"代わりに"雇用が維持される"という約束を信じて働いていた人々である。そういう権利と義務のバランスの上にいる彼らを"非常に恵まれた"と決めつけて、どんな命令にも従わなければならないという義務をそのままに、雇用維持という権利だけをはく奪することが許されるはずがない」

以上は主に大企業の正社員をめぐる雇用契約にかかわる問題だ。正規社員でも中小零細企業の現場においては、解雇規制はあってもなきがごとしという実情がまかり通っている。「中小零細企業では経営不振は解雇に対する万能の正当事由と考えられており、ジョブレス解雇をもっとも強く規制する判例法理とはまったく逆の世界が広がっている」

ましてや非正規社員の解雇に至っては、何の障害もなく、それこそ企業のやり放題と言った有様を呈している。これが日本の解雇規制の実情だというのである。

(参考)濱口桂一郎「労使双方が納得する」解雇規制とは何か(「世界」2013年5月号所収)


関連記事:人の使い捨てを議論する産業競争力会議 





コメントする

アーカイブ