小早川家の秋:小津安二郎の世界

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「浮草」の中では、中村鳫治郎以下の旅役者たちに関西弁をしゃべらせた小津安二郎が、この映画「小早川家の秋」では関西そのものを舞台にとって、存分に関西弁を聞かせてくれる。というのもこの映画は、京都伏見の造り酒屋の旦那とその家族たちをめぐるドラマなのである。その旦那を演じた中村鳫治郎は、「浮草」の時とはまた違った雰囲気を出していたが、それがなんとも色気を感じさせる。その色気は、東京の下町にまだひっそりと生き残っている古き良き時代の関東の男の色気に通じるものがある。筆者は関西の風土やそこに住む人々についての土地勘のようなものはないのだが、中村鳫治郎演じる粋な関西人を見ると、古き良き時代の日本人の心意気のようなものを感じるのだ。

この映画のメインプロットは、中村鳫治郎の老いらくの恋である。若い頃に囲っていた女とひょんなことから再会した鳫治郎は俄に血が沸き滾るのを感じてその女のもとに通い始める。その女(浪花千栄子)は祇園で小さな宿屋をやっており、一人娘(団玲子)がいる。そこへ鳫治郎が毎日のようにいそいそと通ってくる。鳫治郎は娘からお父ちゃんと呼ばれてうれしくなり、ミンクのショールを買ってやると約束したりする。他愛がないが、それだけに幸せそうな男の気持が伝わってくるところだ。

鳫治郎は団玲子が自分の娘だと信じて疑わないように描かれているが、団玲子のほうは必ずしもそうではない。まだ小さかった頃に、鳫治郎の外にもお父ちゃんと呼んでいた人がいたのを覚えているのだ。そこで彼女は母親に向かって、いったい誰が本当の父親なのかと問う。それに対して浪速千栄子はあの独特の表情を崩さずに、しょうもないことを聞いたらあかん、と答えるのである。

父親がそわそわしているのに気付いた娘(新玉美千代)が、店の者に鳫治郎の後をつけさせる。その場面が秀逸だ。伏見や祇園の古い街並をくぐるようにして鳫治郎が歩いていくシーンが情緒満点なのである。伏見は酒造りの町だから、店先に酒樽が並んで干してある。その酒樽の木の肌具合と仕舞屋の木の壁の色具合とがなんともいえないハーモニーを醸し出している。こうした古い街並の光景は、いまではもう残っていないだろうから、この映像は古き時代の日本の町をしのぶ貴重なドキュメントともなっているわけだ。

京都市内の町屋のたたずまいも何とも魅力的だ。そこを着流し姿の鳫治郎がうきうきとした足取りで歩いていく。その後ろ姿は、「浮草」のときと殆ど同じような歩き方に見える。関西の老舗の旦那と云うのは歌舞伎役者と同じような歩き方をするのか、それともこれは鳫治郎の地の歩き方なのかと、余計なことを思ったりする。

メインプロットである鳫治郎の老いらくの恋に並行して、二人の女性の縁談話がサブプロットとしてからむ。一人は鳫治郎の死んだ長男の嫁(原節子)、もう一人は鳫治郎の次女(司葉子)である。この二人の女優は、「秋日和」では母と娘の関係を演じていたが、ここでは義理の姉妹ということになっている。この二人に縁談を持ち込んでくるのは鳫治郎の義理の弟(加藤大介)である。彼が原節子のためにもちこんできた縁談の相手というのは森繁久弥演じる鉄鉱場の社長だ。映画はこの森繁久弥が原節子を見て一目惚れし、鼻の下を長くするところから始まるのである。その場面をみていると、なんともミスマッチという印象を感じさせられる。原節子と森繁久弥では、地球人と火星人の違いより、もっと深刻な違いがある、そんな風に感じさせられるところが面白いのである。

司葉子の方は、ひそかに思っている男性がいる。宝田明だ。しかし宝田明は札幌に赴任してしまい、二人は簡単に会うことが出来ない。そんな中で司葉子は冷やかし半分で見合いの席に臨み、相手に思わせぶりな仕草をして見せたりする。

こんな調子で話が淡々と進む中で、節目となる出来事が二回おこる。鳫治郎の倒れる場面である。一回目は自分の家の中で倒れる。亡妻の法要で嵐山にでかけた後で、一家団欒しているところを突然心臓発作で倒れるのだ。当時は今と違ってすぐ救急車を呼ぶということはしなかったようで、かかりつけの医師が電話で呼び出される。医師の名は何故か平山(東京物語と同じ)である。

親族が全員集まってくる。みな鳫治郎がいつ死ぬかと気を揉む。もし当分死ぬ見込みが無かったら、いったん自宅にもどりたいなどという者もいる。そうこうしているうちに、鳫治郎が突然起き出す。皆があっけにとられている前を、鳫治郎は何ごともなかったように通り過ぎ、便所で小便をするというわけなのだ。

この部分は、小津がある人から聞いた実話を下敷きにしているそうだ。危篤の床に呼び出された親族の前で当人が突然起き上がり、人々の目玉をくりくりさせたというその話を聞いた小津は、いつか映画の中でそれを取り入れたいと考えていたが、この映画でそれを実現させたということらしい。

二度目に倒れたときは。それが鳫治郎にとって、この世での最後の出来事となった。鳫治郎は浪花千栄子と一緒に奈良西大寺の競輪場に遊び、そこで散財したあとで京都に戻り、浪花千栄子の家で発作を起こして、そのまま死んでしまったのである。鳫治郎に死なれて一番がっかりしたのは娘の団玲子だったようだ。彼女は鳫治郎がミンクのショールを買うという約束を果たす前に死んでしまったので、心残りで仕方がないのだ。

映画のラストシーンは延々11分にもわたって鳫治郎の葬式のシーンが映し出される。その舞台となる火葬場は、どうやら宇治川をはさんで伏見の町とは反対側にあるらしい。火葬場の煙突は煉瓦でできている。そこに鳫治郎の遺体が持ち込まれると、火葬場の周辺に烏が集まってくる。烏は墓地の墓石の上やら、宇治川の岸辺にもやってくる。その川辺では笠智衆と望月優子の夫妻らしきカップルが仕事に励んでいる。

葬儀場に集まった親戚たちは改めて鳫治郎の噂話をする。鳫治郎が遺言代わりに言ったという言葉、「もうこれでしまいか」が話題になる。妹役の杉村春子はそれを聞いて、兄さんは欲張りだと非難する。また、こうなるんだったら、いっそこの前の時に死んでしもたらよかったのにともいう、その方が余計な手間が省けたからというのだ。といいながらも、死んでしもたら何もかもおしまいややといって涙ぐんだりするのである。

原節子と司葉子は二人だけで外に出て会話をする。横に並んでともに腰をおろし、尻をかかとで支えるようにしてバランスを取っている。その姿がなんとも不思議な感じをさせる。普通は、こういう座り方はあまり上品な印象はもたらさないのだが、この二人の場合には自然な感じに映るのだ。

二人が交わしていた会話は、持ち込まれた縁談についてだった。鳫治郎が生きていた間は、気兼ねもあってきっぱりと断れなかったのだったが、こうして本人が死んでしまうと気持ちの整理がついて、二人とも断る勇気がついたというのである。こういって勇気を感じた二人は一緒に立ち上がる。そのシーンがまた印象深い。まるで示し合わせたかのように絶妙のタイミングで立ち上がるのだが、それが余りに出来過ぎているので、あたかも人形の仕草をみるような様式美を感じさせられるのである。

クライマックスは、火葬場の煉瓦の煙突から煙が出るシーンである。煙が出始めると会葬者たちはいっせいに立ち上がり、煙の出ている様に見とれる。煙は川辺からもよく見える。それを見た笠智衆と望月優子とが、また一人死んだんや、といって、感慨深げな表情をする。そして人間が死んでも、その後から新しい命が「せんぐり、せんぐり」生まれてくると言って、更に感慨深い表情をする。「せんぐり」というのは、どんな語源の言葉だろうか。筆者には初めて聞く言葉だった。

こうして骨が焼きあがると、一行は鳫治郎の遺骨の入った壺を先頭に立てて、宇治川にかかる橋を渡り、自分たちの日常の世界に帰っていく。その場面を見ると、日本人の死生観について、ほんの一瞬のことではあるが、そこはかとなく反省させられたりもする。心憎い映画だ。


関連サイト:小津安二郎の世界 






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