2013年8月アーカイブ

イギリス議会がシリア介入を拒否した意義

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イギリス下院がキャメロン首相の提出したシリア介入案を否決したという報道を聞いて、聊か考えさせられた。首相の提案が否決されたということは、与党側のかなりな数の議員が反対票を投じたということだ。日頃からイギリスの政党は党議拘束が厳しいのだろうと勝手に思っていた筆者などは、イギリスの政党が意外と議員の自主性を重んじていることに感心させられたのだった。

三月十六日至柯橋迎子布東還:陸游を読む

陸游は生涯に7人の男子に恵まれた。そのうち六男の子布は四川に滞在中に生まれたが、陸游は何故かこの子を、四川に残した。恐らく当地の女に産ませた子を、そのまま女の手元に残したのだろうと推測される。その子布が嘉泰元年(1201、陸游77歳)、28歳の時に父親を訪ねて紹興まで出てきた。喜んだ陸游は船に乗って途中まで迎えに出、家に連れ帰った。しかしてその後、父子は共に暮らすことになる。陸游はこの子のために嫁を迎えてやったりもした。

アメリカは何故シリア攻撃に前のめりなのか

先日シリアでおきたとされる毒ガス攻撃について、アメリカはこれをアサド政権の仕業だと断定して、懲罰的な軍事制裁を加える姿勢を強めている。これには当初イギリス、フランスの両政府も同調し、仮に国連安保理事会の決議なしでも、攻撃は可能だと息巻いていた。しかしその後、イギリスでは、下院がシリア攻撃を否認したため、キャメロン首相は俄にトーンを落とした。またフランスも国民の反対を考慮せざるをえなくなりつつある。当のアメリカにしても、シリア攻撃を支持する世論は9パーセントしかないという報道もある。要するに、アメリカのシリア攻撃については、国際世論からも、国内世論からも強力な支持が期待できない状況に陥っている。

福沢諭吉の思想

福沢諭吉の思想については、丸山真男が「"文明論の概略"を読む」の中で詳細に説明しているから、それを読むのが最も手っ取り早い理解の方法である。その本の中で丸山も言っているとおり、福沢の思想はそんなに複雑なものではない。一国が独立するためには個人が自立する必要があるというもので、その自立とは簡単に言えば、封建的な奴隷根性から脱して、西洋人並みに自由な人間になることだというものである。そこから有名な「脱亜入欧」という言葉が生まれてくるわけだが、これは別に自らを卑下した言い方ではなく、日本の文化の底にあるアジア的な奴隷根性を排して、ヨーロッパ並みの人権感覚を身に着ける必要があるということを、一言で言い現わしたのに過ぎない。

女装するプーチンとメドヴェージェフ

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上の絵は、たったいま官憲から押収されたもの。サンクト・ペテルブルグの美術館に展示されていたもので、作者はロシア人画家のコンスタンチン・アルトゥニン氏。ご覧のとおり、プーチンとメドヴェージェフと思われる人物が、女性用の下着を着て並んで立っている絵だ。二人とも表情は男のままのいかつさだが、それが女性らしい装いとミスマッチを引き起こして、何ともユーモラスな効果を演出している。

拓殖大学:水彩で描く東京風景

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拓殖大学のキャンパスは地下鉄茗荷谷駅の南西側に展開している。この絵にある建物はその中核となるもので、なかなか堂々たる景観を呈している。

シリアからツイッターへサイバー攻撃

今朝(8月28日)ツイッターのアカウントにアクセスしようとしたら、殆ど白紙に近い画面が現れてきた。おかしいなとは思ったが、そのうち修復するだろうと軽く見ていたら、なかなか治らない、そのうち、これはハッカー集団によるサイバー攻撃だということを、ワシントン・ポストが伝えた。だとすれば、ゆゆしき事態なわけだ。

残菊物語:溝口健二の世界

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「残菊物語」(1939年)は、「浪花女」(1940年)「芸道一代男」(1941年)とともに、溝口健二の「芸道三部作」と呼ばれている。後二者のフィルムは失われてしまったが、この三者に共通するのは、歌舞伎、文楽、舞踊といった伝統的な芸道の世界を舞台にして、封建的な秩序にぶつかったり跳ね返されたりしながら芸を磨き、ついにはその世界の第一人者と呼ばれるようになった男たちと、それを支えた女たちの生きざまを描いたところにあるという。

ドイツのヘイトスピーチ

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東京のコリアンタウン新大久保などで、在日韓国・朝鮮人に対して日本のレーシスト団体が行っているヘイトスピーチが問題になっているが、同じような現象はドイツでも起きているようだ。ただ、あちらの方は旧植民地からの在留民ではなく、国内に流入して来る難民を対象にしたものらしい。

南方熊楠の粘菌研究

南方熊楠は少年時代から博物学に興味を覚え、植物標本とりわけ隠花植物や菌類の標本を作っては喜んでいた。そして青年期にアメリカやイギリスを放浪するうちに、粘菌に大いなる関心を覚え、その方面では、専門家からも一目置かれるような存在になった。熊楠の生涯は、民俗学的なテーマと並んで、粘菌の研究に捧げられたともいえる。彼の生涯のうちの大事件、神社合祀反対運動の如きも、神社合祀に名を借りて神林が広範に伐採され、粘菌をはじめとした貴重な自然が破壊されることへの危機感から立ち上がったことであった。

人間が生物の進化に及ぼす影響

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人間が地球環境の変化に巨大な影響を及ぼしてきたことは間違いないが、その影響の中でも最も注目すべきなのは、生物の進化を促進しているということだ。その中でももっとも重要なのは動物の脳の肥大化だろう。自然環境の劇的な変化の中で、動物が生き延びていくためには、変化した環境に適応できることが必要だが、脳の肥大化は学習能力の向上を通じて、生き残る能力を高めるからだ。

四人の使徒:デューラー最後の大作

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デューラーは死の二年前1526年に「四人の使徒」をモチーフにした大作を仕上げ、それをニュルンベルグ市参事会に寄贈した。四人の使徒は二枚の画面に二人ずつ描かれており、左側がヨハネ(左)とペテロ、右側がマルコ(左)とパウロである。彼等はそれぞれ等身大に描かれている。

ヘーゲル精神現象学における中心的な概念に、対自存在(Fürsichsein)、対他存在(Sein für ein Anderes)という一対の概念がある。これは長谷川宏訳ではそれぞれ「自立存在」、「他に対する存在」と訳されているが、日本のヘーゲル学者の間では、「対自存在、対他存在」の方が通りがよい。

デフレの正体:藻谷浩介氏の日本経済論

藻谷浩介氏の著作「デフレの正体」を読んだ。氏は安倍政権の理論的支柱となっているいわゆるリフレ派の経済学者から目の仇にされていることで知られているが、何故彼がリフレ派に憎まれるのか、この本を読むと、その理由がよくわかる。彼は現在の日本経済が陥っている状態を、鳥瞰的な視野からあざやかに描きだしており、それがリフレ派の近視眼的な人々には到底理解できないのだ。彼らは自分の理解不能を棚に上げて、藻谷氏の理論を許すべからざる挑戦だと受け止めているようなのである。

飯罷戯示隣曲:陸游を読む

陸游の七言律詩「飯罷りて戯れに隣曲に示す」(壺齋散人注)

  今日山翁自治廚  今日 山翁 自ら廚を治む
  嘉肴不似出貧居  嘉肴 貧居より出づるに似ず
  白鵞炙美加椒後  白鵞 炙は美なり 椒を加へし後
  錦雉羹香下豉初  錦雉 羹は香ばし 豉を下せし初め
  箭茁脆甘欺雪菌  箭茁(せんさつ) 脆甘にして雪菌を欺き
  蕨芽珍嫩圧春蔬  蕨芽 珍嫩にして春蔬を圧す
  平生責望天公浅  平生 天公の浅きを責望するも
  捫腹便便已有余  腹を捫すれば便便として已に余り有り

夢は閉じられた:藤圭子の死を悼む

筆者が藤圭子の歌を始めて聞いたのは、いわゆる歌番組の中ではなく、テレビニュースを見ていた時だった。そのニュースは、新人歌手として売出し中だった彼女を紹介しながら、「夢は夜開く」の歌声をバックで流していただけだったのだが、それを聞いた筆者は、すっかりその魅力に囚われてしまったのである。それは衝撃と言ってよかった。その頃、日本の歌謡曲など殆ど聞いたことがない筆者だったが、彼女の歌だけは、人をして耳を傾けしむるものがある、と感じた次第だった。

聖ヒエロニムス:デューラーの油彩肖像画

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デューラーは1520年7月から約1年間、ネーデルラントに旅行した。この時は妻のアグネスを伴って行った。旅行の目的は、新たに皇帝となったカール五世にネーデルラントで面会し、前皇帝マクシミリアン1世から賜った年金の権利を確認してもらうことだった。というのも、マクシミリアン1世が死んだ後、この権利がニュルンベルグ市当局から反故にされかかったからである。結局デューラーは所期の目的通り、年金の権利を確認してもらった。

福沢諭吉の家族愛

福沢諭吉は、自分が自伝を著したのは、子どもたちのために父親や祖先の来歴を伝えるのが主な目的だったといっている。かといってそれは単なる系図の延長のようなものではない。系図なら血筋の連綿たるを記せば済んでしまうが、福沢が行なったのは、それにとどまらない。自分の生き方について飾らずに書き、自分がどんな人間であったか、どんな考え方をして、どんな風に生きたか、それを詳細に描き出している。ということは、子どもや孫たちに、父親乃至祖父の生き方をさらけ出して、彼らが生きていくうえでの一つの参考にしてもらいたい。そんな思惑が込められているのだと思う。つまり福沢は、一種の家族愛から出発して、この自伝を書いたということになる。

イチローの途方もない記録:日米通算4000本安打

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ヤンキース所属のイチローが、21日の対ブルージェイズ戦で安打を放ち、日米通算4000本安打を記録した。一口に4000本と言うが、大リーグの長い歴史においてもいままで二人しか記録していない。伝説の安打製造機タイ・カッブと、ハッスル・プレイヤーとして名高いピート・ローズだ。二人とも24年間の大リーグ生活で達成した記録を、イチローは日本球界での9年、大リーグでの13年、合せて22年間で達成した。

カズオ・イシグロは、日本人を両親として日本に生まれた。だから日本人と言ってもよいのだが、作家としての活動は英語で行っている。というのも、イシグロの5歳の時に一家はイギリスにわたり、それ以来イシグロはイギリスで育ち、イギリス人として自己形成してきたので、今ではイギリスに帰化してすっかりイギリス人になりきり、作家としての活動も、英語でするようになったからだという。一方、彼が生まれた国の言葉日本語は、もうしゃべれないそうだ。

ムバラク釈放でエジプト革命に幕引きか?

エジプトでは、クーデター暫定政権がクーデターに反対する勢力を武力制圧する一方、2011年のエジプト革命によって権力から追放されたムバラク前大統領を、釈放する方針だと伝えられた。ムバラクはいくつかの容疑によって訴追されていたが、彼を訴追していた政治勢力がいなくなったわけだから、釈放するのは当たり前という論理なのだろう。

祇園の姉妹:溝口健二の世界

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溝口健二は生涯にわたって、男に踏みつけにされながらも健気に生きていく女たちを描き続けたが、その作風にとってターニングポイントとなったのが、「浪華悲歌」とこの「祇園の姉妹」である。溝口は、浪華悲歌では、父や兄の犠牲となって身を崩していく一人の少女をリアルに描いたのだったが、この作品では、祇園の芸妓姉妹の生きざまを描いている。芸妓であるから、もとより男の弄びものには違いないが、それでもやはり人間であることにも違いはない。では、芸妓でありながら人間らしく生きるのは不可能ごとなのか。そんな思いを込めて、溝口はこの映画の中でも、男に翻弄される女たちの生き方を描いているのである。

鼠に関する民俗と信念:南方熊楠「十二支考」

南方熊楠は「十二支考」の最後の論文「鼠に関する民俗と信念」を、十二支のそもそものいわれから説き起こす。子年が十二支の嚆矢をなすという理由からだろう。そのいわれについて、熊楠は次のように書きだす。

朝日新聞記者にも取材妨害:エジプトの大虐殺

先日、TIME誌の記者がカイロの虐殺事件を取材中、地元の自警団から取材妨害を受けたことについて、このブログでも紹介したところだが、日本の朝日新聞の記者も、同じような妨害を受けたということだ。(8月19日朝刊記事)

NHKスペシャルの『急増! 新富裕層の実態』という特集番組(8月18日放送)が、グローバル化を背景に登場した新富裕層と言われる階層の、登場の背景やその実態について紹介していた。この番組を見ると、所謂グローバル化の時代における、国民国家と個人との関係について、強く考えさせられる。

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三大銅版画を完成させたあとデューラーが取り組んだのは、神聖ローマ皇帝マクシミリアン関連の仕事であった。皇帝は1512年2月にニュルンベルグに短期滞在したことがあったが、その折にデューラーは、友人ピルクハイマーの仲立ちで皇帝に面会した。その際デューラーの仕事ぶりが気に入った皇帝は、後に作品の創作を依頼する。ひとつは「凱旋門」の巨大な木版画、もうひとつは「兵士たちのための祈祷書」の縁飾りの素描である。

権力を振るう人殺したち:エジプトの大虐殺

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「気違いに刃物」という言葉がある。凶暴な人間に武器を持たせたらとんでもないことになるという意味だ。しかし、人殺しに権力を持たせるともっとひどいことになる。刃物なら影響の範囲は限定されるが、権力は無限定に悲惨な影響を及ぼす。いまのエジプトがまさにそうした事態にある。権力を手にした人殺したちが、その権力を振りかざして、同国人を殺しまくっている。

知覚と悟性:ヘーゲルにおける概念的認識

カントは、人間の認識の源泉は直感と概念の二つであると考えた。直感を通じて対象が与えられ、それに概念を当てはめることによって思考が生じる。直感の能力を感性といい、概念的な思考の能力を知性という。人間は感性と知性を組み合わせることによって高度な認識を行うことが出来る。「この二つの能力の特性を比較してみても、どちらが勝っているともいえない。感性なしでは対象が与えられないし、知性なしでは対象を思考することができない」(中山元訳)

TIME記者がカイロの自警団から取材妨害

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今回のカイロにおけるモルシ支持派への攻撃には、クーデター政権の武装部隊と並んで反モルシ派の民間人が広汎に参加したと見られる。彼らは自警団を組織したうえで、クーデター政権と結託して「人民委員会」と自称し、モルシ派のデモ隊への攻撃に加わったようだ。

東村二首:陸游を読む

晩年の陸游は故郷紹興の三山に隠居して充実した毎日を送っていたようだ。晴耕雨読というのではないが、天気の良い日には村里を散歩して村人と語りあい、また求めに応じて薬を調合したりもした。家にあっては詩作に励み、旺盛な創作力を発揮した。彼は80を過ぎてなお、みずみずしい詩を作り続けることができたのである。その原動力が、心身ともに充実した生活であり、それを彩っていたのは活発な社交であった。

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「書斎の聖ヒエロニムス」は、デューラー三大銅版画の中でもっとも完成度が高い作品だといえる。ということは、ヨーロッパの銅版画史上最高傑作ということになる。なにしろデューラーは、西洋絵画史上最も偉大な銅版画家ということになっているのだから。

福沢諭吉と明治維新

福沢諭吉は明治維新の激流に自ら飛び込んで主体的に活動するということをしなかった。終始傍観者として過ごしたといってよい。幕府に仕官することはあっても、政治を云々することは一切慎み、かたわら洋学塾を経営して、塾生たちに洋学を教授することに専念した。熟を経営した人間のたちの中には、吉田松陰のように塾生を煽動して、極めて政治的な活動をした者がいなかったわけでもなかったが、福沢は自分自身が政治に膾炙することを慎むのは無論、塾生たちにも政治を云々することを望まなかった。

谷崎潤一郎の疎開日記(その二)

二つ目の着目点である戦時下の谷崎の創作活動と言う点では、この日記が触れているのはもっぱら「細雪」である。この小説は前年(昭和18年)の1月から3月にかけて雑誌に連載しはじめたところを、「時局に相応しくない」という理由で出版を差し止められていたという経緯があった。それ故、この日記を書いていた時点では公開の見込みがなかったわけであるが、谷崎は自家判にして親しい仲間に配るくらいなら大丈夫だろうと思って、稿を書き続け、昭和19年の7月に上巻を完成して、自家判30部を印刷させた。しかしそれについても当局からなにかと介入があって、谷崎は危うい思いをさせられた。その辺の事情はこの日記では触れていないが、後に回想記(細雪回顧)の中で詳しく触れている。

犬も人間につられてあくびする

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犬があくびをすることは、誰もが知っているとおりだ。犬も人間同様に大きな口をあけてあくびをする。だが、人間のように他者のあくびを見てあくびをする、つまり伝染性のあくびをするかどうかについては、いまひとつあきらかでなかった。そこで物好きの人々が組織的な観察につとめた結果、犬も伝染性のあくびをすることがわかったという。

浪華悲歌:溝口健二の世界

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溝口健二が1936年に作った映画「浪華悲歌」は、溝口本人にとってのみならず、日本の映画にとって画期的な作品だという評価が高い。それまでの映画といえば、活動写真の言葉通りに、芸術性よりも数奇性がまさった単なる気晴らしにすぎなかったものが、この映画が現れて以降は、リアリズムを踏まえた芸術作品として発展するようになったのである。

棄民:自力で脱出した日本人たち

棄民という言葉がある。祖国によって捨てられた民という意味だ。祖国によって生活の拠り所を奪われた人々を難民と言うのに対して、棄民とは国家政策によって海外に駆り出されたまま、捨てられた人々をいう。第二次世界大戦終了時には、満州や朝鮮半島にいた多くの日本人が祖国による保護を受けられずに、現地で死んだり、ひどい目にあわされたりした。だからこの言葉は、日本の歴史の一齣を現す言葉として、作られたようなものだ。

田原藤太龍宮入りの話:南方熊楠「十二支考」

十二支の一つ龍についての話を南方熊楠は、「田原藤太龍宮入りの話」と題した。題名からして他の干支の話とは大分趣が違うが、細かいところを抜きにして言うと、太平記に記すところのこの「田原藤太龍宮入り」の話の要点は、藤太こと藤原秀郷が大蛇に案内されて水中の龍宮に至ったこと、そこでムカデの化け物を退治したこと、そのお礼に様々な財宝を貰って帰って来たこと、その財宝の一つに、出せども尽きぬ俵があったことから、秀郷が俵藤太と呼ばれるにようになったこと、などである。

山川捨松と新島襄

NHK大河ドラマ「八重の桜」もいよいよ後半に突入して、八重さんも新しい生き方を模索するさまが描かれるようになった。そんな中で、将来八重の夫となる新島襄がいよいよ登場する場面があった。岩倉使節団の通訳に雇われた新島襄が、使節団と共に海を渡ってアメリカにやってきた山川捨松、後の大山巌夫人と出会う場面である。

メランコリア:デューラーの三大銅版画

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「メランコリア」と呼ばれているこの銅版画は、デューラーがそのように命名したものである。画面の左上に翼を広げた蝙蝠が描かれているが、その翼の部分に「メランコリア1」と記されている。こんなことからこの版画は、メランコリアを描いたものであり、翼をもった女性こそはそのメランコリアの擬人化されたものだとする解釈を生んできた。この女性の顔を見よ、そこには憂鬱な気分が立ち込めているではないか、というわけである。

風立ちぬ

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堀辰雄の小説「風立ちぬ」を、筆者が読んだのは高校生の時だから、内容は大方忘れてしまっていた。それでも、題辞のもとになった詩の一節「風たちぬ、いざ生きめやも」のことは覚えていたのだが、それがヴァレリーの詩の一節からの引用だということは失念していた。宮崎駿監督の新作アニメ「風たちぬ」を見ながら、ふとそんな過去の読書体験を思い出した。

ヘーゲルにおける時間と空間

時間と空間とは、対象的な世界が纏っている根本的な形式であると同時に、我々人間の認識活動を制約している根本的枠組でもある。それ故西洋の哲学の歴史にあって、時間と空間とは存在論の根本観念であったし、デカルト以降の近代認識論にとってもキーとなる概念であり続けた。

韮山の里で国宝に出会う:伊豆長岡の旅その四

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食後再び自転車を連ねて韮山の里道を走ったが、筆者だけはどうしても遅れがちになった。それもそのはず、他の四羽は性能のよい自転車なのに、筆者だけは普通の足こぎ自転車、同じ速度で足を回転させては、追いつかないのだ。かといって、回転速度には限界がある。というわけで、筆者はどうしても遅れがちになるのだった。

秋晚:陸游を読む

陸游の七言絶句「秋晚」(壺齋散人注)

  新築場如鏡面平  新築の場は鏡面の如く平らかに
  家家歡喜賀秋成  家家は歡喜して秋の成るを賀す
  老來懶惰慚丁壯  老來懶惰にして丁壯に慚ず
  美睡中聞打稻聲  美睡の中に聞く 稻を打つ聲を

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朝風呂を浴びると八時から朝食となった。昨夜と同じ個室だ。席に着くと静ちゃんが頻りと昨夜のことを気にする。わたし、寝相が悪くなかったかしら、お尻を出したりして、みっともない格好で寝ていなかったかしら、と頻りにいうのだ。そこでオスのあひるたちは声をそろえてこう言ったのだった。いいえ、そんなことなかったですよ、お行儀よく寝ていましたよ、と。

騎士と死と悪魔:デューラーの三大銅版画

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1513年から翌年にかけての二年間、デューラーは彩色画の制作を一切中止して、銅版画の制作に没頭した。その結果生まれたのが、三大銅版画と言われる作品群、すなわち、「騎士と死と悪魔」、「メランコリア」、「書斎の聖ヒエロニムス」である。これらの作品群は、デューラーの制作活動のピークをなすものであり、彼の最高傑作といってもよい。

福沢諭吉の欧米体験

福沢諭吉は青年時代に三度にわたって欧米諸国に渡航した。万延元年(1860年、25歳)の渡米、文久二年(1862年、27歳)の渡欧、そして慶応三年(1867年、32歳)の再度の渡米である。これらの欧米体験によって福沢の視野は飛躍的に広がり、明治の啓蒙思想家として、巨大な影響力を及ぼすようになっていくのである。

護衛艦出雲は軽空母か?

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日本政府は海上自衛隊の新たな戦力たる護衛艦「出雲」を、今年の8月6日に、海外のメディアにも披露した。政府の説明では、これはヘリコプターの搭載を主な機能とした、もっぱら護衛ない専守防衛のための艦船であって、決して攻撃用の艦船ではない、と説明しているが、隣国の中国やロシアはそう見ていないようだ。中国は、この艦船が容易に航空母艦としての機能を果たし得ることを理由に、これを日本政府が主張するような護衛艦ではなく、軽空母と見做しているようだし、ロシアに至っては、同型艦の建造予定が別にあることを根拠にして、日本の再武装即日本軍国主義の復活に強い懸念を表しているという。

狩野川の花火を見る:伊豆長岡の旅その二

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夜八時過ぎに狩野川の河川敷で花火大会があるというので、旅館の送迎バスで見に行った。河川敷に着くと、土手の上に大勢の人々が集まっていて、銘々に寛いでいる。我々もその輪に加わって花火の始まるのを待っていると、八時十五分頃に一発目が上がった。続いて、スターマインの花火玉が次々と打ち上げられる。主催者の案内だと、三十分ばかりの短い時間に数千発があがるので、時間は短いが見どころは多いという。たしかにその通りだった。スターマインは休む間もなく打ち上げられる。隅田川の花火より密度が濃いといってもよい。

谷崎潤一郎の疎開日記(その一)

谷崎潤一郎には断続的に日記をつける習慣があったが、そのうち昭和十九年一月一日から同二十年八月十五日までの分を、「疎開日記」と題して一篇にまとめている。戦争末期から終戦当日までの約一年半をカバーしている。この短い期間に谷崎は、神戸市の魚崎にあった本宅から別荘のある熱海へ、そして岡山県の津山、勝山と、疎開先を転々としている。それはまさに、B29の轟音に急き立てられながらの、より一層安全な場所を求めての逃避行であったわけだ。

全国の自治体の御当地シンボルとしてのユルキャラ。そのコンテストが行なわれ、船橋市のシンボル・ユルキャラである「ふなっしー」が優勝したそうだ。その様子をテレビニュースで見ていた筆者は、船橋市民の一人として思わず微笑んでしまった。

伊豆長岡の旅

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この正月に、あひるの仲間たちと新年会を催した時、今年の夏は東北の祭を見て回ろうということになり、その後旅行会社のツアーを予約したまではよかったのだったが、どういうわけか、なにかの手違いで、人数分の部屋が用意されていないことがわかり、キャンセルに追い込まれた。そのかわりに、といってはなんだが、静ちゃんあひるが段取りをし直して、伊豆長岡の花火を見に行こうということになった。

秋刀魚の味:小津安二郎の世界

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映画「秋刀魚の味」は小津の最後の作品、いわば遺作である。そのためというのでもないだろうが、この映画には「老い」の哀愁が漂っている。題名の秋刀魚の味が連想させるように、この映画は人生の秋を描いているのだ。

小沢一郎という政治家

小沢一郎という政治家は、1980年代以降の日本の政治に大きな影響力を及ぼし、ついには民主党による政権交代の影の立役者ともみなされまでになったわけだが、その民主党内での権力闘争に敗れ、今や風前の灯ともいえる状態だ。彼の率いる勢力はもはや物の数にも入らず、彼自身の政治的影響力が復活する見込みもない。それには年を取りすぎた。だから小沢一郎は、過去の政治家になりつつあると言ってよい。

兎には野兎(英語でヘア)と熟兎(ラビット)の二種ある。野兎は生まれた時から目がみえ、自立して親に世話をかけぬが、熟兎は目が見えずに生まれ、親に世話をかける。成長した後も、熟兎は野兎より一回り小さく、後ろ脚も短い。「兎に関する民俗と伝説」を、南方熊楠はこんな風に書き始める。しかしていう、熟兎は俗に「なんきん」ともいうと。「南京豆」と同じく、中国から渡ってきたという意味だ。その中国に熟兎が渡ったのは明の時代と言うから、東アジアでは新しい動物ということになる。

日本政治の対立軸

大嶽秀夫氏の著作「日本政治の対立軸」は、所謂55年体制の成立から、冷戦の終結を経て橋本政権あたりに至るまでの、日本政治を論じたものである。書名にもある政治の対立軸というのは、主要政党間の政策の違いを端的に表明したものであり、それを分析すれば、一国の政治がどのような価値観を巡って動いているか、一望できるような概念セットであるといえる。

三位一体図:デューラーの木版画

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ランダウアー祭壇画を制作した1511年に、デューラーは矢継ぎ早に木版画の絵本集を出版した。「小受難伝」、「大受難伝」、「マリアの生涯」である。これらは1505年のイタリア旅行以前から作り続けてきたものを、一時に集大成したものである。このほか1498年に出版した「ヨハネの黙示録」の再販も行った。

ヘーゲルの弁証法

ディアレクティックという言葉を、カントもヘーゲルも自分の哲学のキーワードとして使ったが、その使われ方はかなり異なっている。そのことから日本語では、それぞれ違う訳語が割り振られるのが普通である。すなわちカントの場合には「弁証論」、ヘーゲルの場合には「弁証法」という具合に。そんなところから、日本の読者の大部分は、この二つがもともと同じ言葉、同じ概念を現していることになかなか気が付かない。

讀陶詩:陸游を読む

陸游の五言律詩「陶詩を讀む」(壺齋散人注)

  我詩慕淵明  我が詩淵明を慕ふも
  恨不造其微  恨むらくは其の微に造らざること
  退歸亦已晩  退歸 亦た已に晩し
  飲酒或庶幾  飲酒 或ひは庶幾(ちか)からん
  雨餘鋤瓜壟  雨餘 瓜壟に鋤き
  月下坐釣磯  月下 釣磯に坐す 
  千載無斯人  千載 斯の人無し
  吾將誰與歸  吾將に誰とともにか歸らん

ランダウアー祭壇画:デューラーの三位一体図

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「三位一体の礼拝」とも呼ばれる「ランダウアー祭壇画」はニュルンベルグの富裕な商人が、自分の寄贈した病院の礼拝堂を飾る祭壇画として注文したものである。デューラーの四つの祭壇画の中では最も保存が良く、今でも鮮やかな色彩のままである。

福沢諭吉の修業時代

福翁自伝には、福沢諭吉の修業時代の様子が実に生き生きと描かれている。これを読むと、星雲の志というものがいかなるものか、また、人間というものは、志に鼓舞されてどこまで進むことができるか、大いに考えさせてくれる。

7月29日に行われたある会合で、麻生太郎副首相が憲法改正に触れて、「ある日気づいたら、ワイマール憲法がかわって、ナチス憲法にかわっていたんですよ。だれも気付かないでかわった。あの手口に学んだらどうかね」と発言したことについいては、日本のメディアでは当初東京新聞が紹介したくらいで、大手メディアはそろって無視していた。筆者も、そんなに大袈裟に受け取るほどのことでもないかと、一時は考えた。この男の放言癖は今に始まったことではないからと。

想像ラジオ:死者たちのメッセージ

先日NHKのニュース番組を見ていたら、いとうせいこうさんという人の小説「想像ラジオ」が取り上げられていて、なかなか面白そうだったから、早速アマゾンで取り寄せて読んで見た。読んでの印象を手短に言うと、アイデアは秀逸だが、ちょっと筆が追い付いていない、といったところだが、損をしたということではない。それなりに読んだ甲斐はあると思う。

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