陸游は生涯に7人の男子に恵まれた。そのうち六男の子布は四川に滞在中に生まれたが、陸游は何故かこの子を、四川に残した。恐らく当地の女に産ませた子を、そのまま女の手元に残したのだろうと推測される。その子布が嘉泰元年(1201、陸游77歳)、28歳の時に父親を訪ねて紹興まで出てきた。喜んだ陸游は船に乗って途中まで迎えに出、家に連れ帰った。しかしてその後、父子は共に暮らすことになる。陸游はこの子のために嫁を迎えてやったりもした。
「三月十六日至柯橋迎子布東還」は、この子布を迎えに出向いた折に作った作品である。陸游の親馬鹿ぶりが、ほほえましく出ている。
陸游の七言律詩「三月十六日、柯橋に至りて子布の東還するを迎ふ」(壺齋散人注)
江國常年秋雁飛 江國 常年 秋雁飛ぶも
吾兒遠客寄書稀 吾が兒 遠客にぢて書を寄すること稀なり
道途一見相持泣 道途に一見して 相ひ持して泣く
鄰曲聚觀同載歸 鄰曲 聚り觀て 同に載せて歸る
草草杯盤更起舞 草草たる杯盤 更に起ちて舞ひ
匆匆刀尺旋裁衣 匆匆たる刀尺 旋(たちま)ち衣を裁す
從今父子茅簷下 今より父子 茅簷の下
回首人間萬事非 首を回らせば 人間萬事非なり
川を隔ててはいても毎年雁は往来するのに、我が子は遠いところにいて書を寄せることもめったになかった、それがここに会うことが出来て、抱き合って泣いた次第だ、近所の人たちも集まってくれて、一緒に船に乗って帰った
草草たる杯盤から酒を飲んでは立ち上がって舞い、匆匆たる刀尺を振りかざしては衣を裁断する、これからは父子一緒にあばら家に暮らそう、首をめぐらして過去を振り返ればなにもかもが夢のようだ
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