木曽駒高原から木曽御嶽を見る

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投宿先は木曽駒高原ホテルといって、木曽駒ヶ岳の北西斜面に立っていた。周囲は一面の林で人家らしいものはどこにも見えない。聞くところによると、木曽駒ヶ岳の広大な山麓にゴルフ場を作り、そのゲストハウスを兼ねてこのホテルを作ったのだそうだ。だが、その分ホテルとしての格式が劣るというのでもないらしい。たたずまいは堂々としているし、サービスも非のつけどころがない。温泉も出るようだ。

というわけで、投宿するやいなや早速浴場に向かった。日が高いと、浴場から木曽御嶽が良く見えるということだが、既に日が暮れた後だったので、何も見えない。それでも冷たい風に吹かれながら露天風呂に浸かっていると何ともいえずいい気持になる。

夕食は一階の大食堂でとった。山中のこととてメイン料理は獅子鍋だ。そいつをつつきながらしばし談笑、久しぶりにおしゃべりな安ちゃんあひるが加わったとあって、面白い話題には尽きない。いつもなら静ちゃんあひるが話題の中心になるのだが、今夜はもっぱら安ちゃんあひるの出番だ。

そこでまず、安ちゃんあひるの近況を聞く。元気でやってるかい。おかげさまで元気です。定年前にやめてからは一切職に就かず、もっぱら主夫業に専念しております。妻は職を持っておりますので、毎朝妻を見送ってからは、家事万端に食事の支度を整えて妻の帰りを待つ毎日です。妻が玄関を開ける音が聞こえると早速迎えに出て、お食事にしますか、お風呂にしますか、それとも床を延べますかと聞きます。どうです、よくできた亭主でしょう。可愛い分、髪結いの亭主よりましだとは思いませんか。

安ちゃんあひるとは対照的に、少尉あひるの方は体が続く限りは働いていたいという。今年70歳になりますが、まだまだ体力には自信があります。実はいま勤めている会社が今年いっぱいで廃業という次第になり、このままでは職を失うハメになるところが、世の中はよくできたもので、捨てる神あれば拾う神あり、別の形で勤めを続けることができるかもしれません。もし雇ってくれるなら、手足が動く限りは働いていたいと思います。

そこで、安ちゃん同様働くことにこだわりのない吾輩は、何故そんなにしてまで働きたいのか、といったところ、静ちゃんあひるが引き取って、吾輩さんには奥さんがいるからそんなことをいえるのよ、少尉さんは奥さんを亡くして、一人でいるのがさびしいのよ、だから働きに出て気を紛らわしたいのよ、と講釈してくれた。少尉殿、それはうっかり見落としておりました。たしかに体の動くうちは、一人ぼっちでいるのはつらいもかもしれませんね。

そのうち、いよいよ体が動かなくなったらどうしたらよいか、という話になった。つまり、人はどのようにして死を迎えるべきか、という高尚な話題だ。つい最近までは、病院で死を迎える人が多かったが、これからはそうもいかなくなるだろう。死を迎えた老人の人口が爆発的に増えて、そんなことが不可能になるからだ。だから、自宅で死ぬことを前提にして、色々な準備をしておく必要がある。最も必要な準備は、死んだ時に死亡診断書を書いてくれる医者を確保しておくことだ。でないと警察の厄介になった挙句、死体解剖に回されてしまうかもしれない。

その前に、死んだ後に看取ってくれる家族が身近にいる必要がある。そうでないと、死後長時間にわたって誰にも発見されなかったということになりかねない。実際自分の友人に、親爺の死に目に会えなかったばかりか、死後数日たってやっと気が付いたというのもある。だから、親族を持っている者は普段相互の交通を怠らず、親族を持たないものは、孤独死しないですむ方策を考えておかねばならぬ。

こんな暗い話題についつい傾きがちなのを、静ちゃんあひるは何とか軌道修正しようと努めるのであったが、話題の方はそんなことにはお構いなしに、どんどん脱線していく。果ては、確実にしかも楽に自殺できる方法などという話になった。

実はこの話を持ち出したのは、ほかならぬ吾輩なのであった。吾輩は日頃より、確実で苦しみの少ない自殺の方法について研究を重ねて来たのであったが、その結果もっとも理想的な方法を発見したのだった。それはアイゼンハワー式首吊り術というものなのである。だいたい古来日本人は、精々が脚台の上に立って首を紐でくくり、脚台を蹴って紐にぶら下がるという方法をとってきたが、それでは苦痛が大きすぎる。死ぬ前の苦痛だから一回きりのことで済むが、それにしても無駄に苦しむのは馬鹿げている。この方法だと死ぬまでに平均13分はかかるのを、瞬間的に死ねる方法がある。それがアイゼンハワー式首吊りという方法なのである。これは、単に紐にぶら下がるのではなく、首をくくったまま高いところから落下し、そのショックで頸椎を切断するというもので、これだと全く苦痛を感じないで瞬間的に死ぬことが出来る。それ故、首吊り自殺をしようと思ったら、せめて二階の窓の桟に紐を結び付けて、その紐で首をくくって飛び下りるのが良い。こうすれば、確実にしかも楽に死ぬことが出来る。

こんな話を披露したところ、ほかのあひるたちはため息をつきながら聞き入っていたものだった。彼らにも、自分の死を考えることがあるのかもしれない。

食事が終わった後は、部屋に移ってウィスキーを飲み、その合間にもう一度風呂に浸かりに行ったりした。そして一夜が明けて三度目に浴場にいったところが、目の前に木曽御嶽の雪を被った威容が立ちはだかって見えた次第だった。(写真は木曽御嶽)


関連サイト:あひるの絵本 





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