古墳時代の埴輪

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(埴輪:美術出版社「日本美術史」から)

古墳は3世紀後半から7世紀前半にかけて作られた。その分布は日本全土にわたっており、総数は16万以上に上る(文化庁調査)。豪族の権威を示す目的で作られ、円形または方形の塚山を二つ並べた形のものが中心である。大規模な古墳には前方後円墳が多い。

埴輪は古墳の副葬品だと考えられ、古墳の登場に伴って現れ、古墳が作られなくなると同時に消滅した。通常は塚山の周縁部に周辺から墓域を画するようにして並べられている。だが埴輪の具体的な目的や機能については詳しくわからないところが多い。先史時代の日本人の宗教の詳細が分かっていないためである。

埴輪は大きくいって二種類に分類される。一つ目は円筒埴輪で、文字通りドラム缶のような円筒状のものである。弥生時代に儀式用に用いられていた高坏の発展した形だとされている。高坏はものを載せるための器だが、腹の部分がくびれている。そのくびれを埋めて、全体を円筒のような形状にしたものだが、そうなってもなお、物を載せる機能を持ち続けたのか、わからないところが多い。

もう一つは形象埴輪で、人間、動物、家屋、乗物などさまざまな形のものがある。円筒埴輪ともども、低温で焼いて、赤褐色を呈している。

上の図像は、左が武装した兵士の埴輪(群馬県八幡原古墳出土、古墳時代後期)。人間の埴輪には武装していないものもあり、また女性をかたどったものもある。形態は至って稚拙で、目や口は粘土に穴をあけてだけだ。衣装をまとっていない場合にも、身体の露出部分に装飾が施されることはない。埴輪の人物の顔は、縄文土偶の表情とは異質であり、またそれ以降の日本美術の表情とも似たところがない。美術史上極めて孤立した現象といえる。ともあれ埴輪を通じて、古墳時代の人々の服装や髪形などの様子がわかる。

右上は家屋(大阪府今城塚古墳出土)、右下は馬(島根県平所遺跡出土)。動物埴輪には、馬の他に、犬、猿、鳥などもある。


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(直孤文を施した石棺:福岡県石人山古墳出土)

古墳に収められた棺には装飾が施される場合があるが、その装飾の中で古墳時代に特徴的なものとして直孤文というのがある。上は直孤文を施した石棺(福岡県石人山古墳出土)の表面の一部である。孤と直線とを組み合わせた独特の模様が施されている。





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