ウクライナに核が残っていたら?

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今回のプーチンによるクリミア併合の動きを、ウクライナも欧米も有効に阻止することが出来なかった。そこで、プーチンの力ずくの政策の前に、国際法は無力だった、という議論も巻き起こっている。というのも、ウクライナは過去に、保有していた大量の核兵器を放棄する見返りとして、将来にわたる国家の安全の保障を、英米及びロシアの指導者から保障されていたにかかわらず、こんな事態に立ち至ってしまった。ウクライナの安全を守るのが国際法の役割に関わらず、それが守られなかったのは、ロシアは無論、英米にも責任がある、というわけである。

ソ連崩壊時、ウクライナには176台のミサイル発射台、1240基のICBM核弾道ミサイル、3000の戦術核兵器があった。これらの核兵器は、ソ連崩壊にともなう混乱に乗じて、拡散する恐れがあった。そこで、それを深く憂えたクリントンとメイジャーが音頭をとって、イェリツィンとクチマを抱き込み、これらの核兵器を無力化する計画を推し進めた。その際の切り札となったのが、ウクライナは核を放棄する代わりに、将来永劫にわたって領土を始め国家の安全を保障されるという(ロシアを含めた)国際社会の約束だった。

ウクライナは、英米やロシアの約束を信じて核兵器を放棄した。それが、1994年のブダペスト合意と呼ばれるものである。

ところが、それが破られたわけである。少なくともウクライナ人は、そう感じている。いったい、あの約束はなんだったのか、というわけである。その気持ちはわからないでもない。

そこで、ウクライナ人には、あの時に核を放棄したことは間違いだった、という反省が湧きおこっているらしい。もしも、いまだにウクライナの手に核が残っていたら、果してプーチンはこんな勝手なことが出来ただろうか、そんな勝手な思惑に対して、ウクライナは核の脅しをかけて阻止できたのではないか、というわけである。

もしもウクライナに核が残っていたとして、それがプーチンへの抑止力として働いたかどうかについては、不明なところが多い。しかし、ひとつ明らかになったことがある。イランや北朝鮮に対して、核を放棄させるレトリックが危うくなったということだ。イランや北朝鮮に対して、将来にわたる安全保障と引き換えに核を放棄させるという戦術が、決定的にダメージを蒙ったのは、否定しようのないことだろう。

(参考)Ukraine's Broken Nuclear Promises By Owen Matthews Newsweek






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