プーチンの地政学的決断

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今回のプーチンによるクリミア半島併合は、欧米諸国には国際法への深刻な挑戦として映った。欧米の主要諸国では、プーチンの内政面における抑圧的な態度を批判してソチ・オリンピックをサボタージュした経緯があるが、今回はサボタージュくらいで済ますわけにはいかないだろう。なにしろ、世界の秩序を定めている国際法を踏みにじったわけだ。しかも、他国を侵略するという最悪の方法によってである。

こんなわけで、プーチンに対する欧米諸国の評判は地に落ちている。内政面における抑圧と言い、対外的な侵略といい、プーチンはヒトラーやスターリンに匹敵するひどい人間だ、正義をせせら笑う悪魔のような男だ、とする糾弾が声高に叫ばれている。

内政面における人権の抑圧と対外政策における侵略主義とは、20世紀の前半にあらわれた全体主義の診断基準のようなものだ。その全体主義には、ナチスのドイツとスターリニズムのソ連、そして超国家主義の日本も含まれていたわけだが、その全体主義にプーチンの追及する体制も含まれるのか、という点になると、評価は一様ではない。プーチンのやっていることはヒトラーを思い起こさせるという意見がある一方、全体主義としてのプーチニズムを云々する論調は少ないようだ。

というのも、プーチンの対外政策は、たしかに侵略的な色合いが強いが、ヒトラーと決定的に異なるのは、それが防衛的な意図から出ていると見られることだ。プーチンは、他国を侵略するための拠点としてクリミア半島を侵略したのではなく、防衛上ののっぴきならない選択としてクリミア併合を決断した、とも見られる。

周知のようにクリミア半島は歴史的にロシアとのかかわりが深く、セヴァストーポリにはロシアの海軍拠点が置かれてきた。ロシアが海軍国家として強大でありえたのは、セヴァストーポリを拠点にして、黒海から地中海にわたる軍事的なプレゼンスを保つことができたことによっている。その意味で、セヴァストーポリとクリミア半島は、ロシアにとって重大な地政学的な価値を持ってきたのである。

それをフルシチョーフがウクライナに移管したのは、ソ連の体制が未来永劫に続くという前提に立ったものだった。ところが、その前提が崩れた。ウクライナがEUに統合される可能性が強まってきた結果、セヴァストーポリがNATOの軍事拠点になる可能性も強まってきた。それはロシアにとっては、絶対に見たくない夢だろう。なにしろそれは、自分の喉元にナイフを突きつけられるようなものだから。

というわけで、地政学的な常識及びレアル・ポリティークの視点から見れば、プーチンの決断には相当な理由があったといえる。問題は、プーチンの側だけにあるというわけではない。西側にもある。西側はどうも、プーチンをのっぴきならない地点にまで追いつめてしまったようである。







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