この段(四)では、悲しみに沈む君王のために四川省の名高い道士が招かれ、楊貴妃の魂魄を呼び出すようにと命じられる。そこで道士は弟子の方士に命じて、天上天下至る所を探させる。すると海上の仙山に仙女たちが住んでいるという噂を聞きつけ、そこに行ってみるに、果して楊貴妃らしい仙女が住んでいることがわかった。こうして、死に別れた楊貴妃と玄宗とが、夢幻のなかで結ばれる可能性が高まるのである。
長恨歌その四(壺齋散人注)
臨邛道士鴻都客 臨邛の道士 鴻都の客
能以精誠致魂魄 能く精誠を以て魂魄を致す
為感君王輾轉思 君王が輾轉の思ひに感ずるが為に
遂教方士慇懃覓 遂に方士をして慇懃に覓(もと)めしむ
排雲馭氣奔如電 雲を排ひ氣に馭り 奔ること電の如く
升天入地求之偏 天に升り地に入りて之を求むること偏し
上窮碧落下黃泉 上は碧落を窮め 下は黃泉
兩處茫茫皆不見 兩處茫茫として皆見えず
臨邛の道士が宮殿の客として呼ばれた、この道士は精誠を尽くして死者の魂を呼び出すことができた、そこで、君王が苦しんでいる様子に同情して、自分の弟子をして念入りに探させることとした(臨邛:四川省の知名、鴻都:都、宮殿のあるところ、魂魄:死者の霊、方士:道士に同じ、慇懃:念入りに
雲を払い風に乗って雷のように早く、天に上り地に下りあまねく探し求めた、上は碧落を究め下は黃泉を究めたが、どちらも茫茫としてよく見えなかった(馭氣:風に乗る、碧落:天空、黃泉:死後の国)
忽聞海上有神仙 忽ち聞く 海上に神仙有り
山在虛無縹緲間 山は虛無縹緲の間に在りと
樓閣玲瓏五雲起 樓閣玲瓏として五雲起り
其中綽約多仙子 其の中綽約として仙子多し
中有一人字太真 中に一人有り 字は太真
雲膚花貌參差是 雲膚 花貌 參差として是なり
金闕西廂叩玉扃 金闕の西廂に玉扃を叩き
轉教小玉報雙成 轉じて小玉をして雙成に報ぜしむ
すると方士はこんなことを聞いた、海上に神仙の島があり、そこの山は虛無縹緲の間にあると、樓閣は玲瓏として五色の雲がたなびき、その中にはしなやかな仙女たちが沢山いる(玲瓏:透明に輝くさま、綽約:しなやかなさま)
そこに一人太真という者がいるが、雲膚花貌からしてどうやら楊貴妃のようだ、そこで方士は金闕の西廂の扉を叩き、小玉という侍女を通じて雙成という侍女に取り次いでもらった(參差:それらしいさま、玉扃:玉の扉、小玉、雙成:ともに侍女の名)
聞道漢家天子使 聞くならく 漢家天子の使なりと
九華帳裏夢魂驚 九華の帳裏 夢魂驚く
攬衣推枕起徘徊 衣を攬り枕を推して起って徘徊し
珠箔銀瓶迤邐開 珠箔 銀瓶 迤邐(いり)として開く
雲髻半偏新睡覺 雲髻半ば偏りて新たに睡覺し
花冠不整下堂來 花冠整はずして堂に下り來る
風吹仙袂飄飄舉 風は仙袂を吹いて飄飄として舉がり
猶似霓裳羽衣舞 猶ほ似たり霓裳羽衣の舞に
玉容寂寞淚闌幹 玉容寂寞として淚闌幹
梨花一枝春帶雨 梨花一枝 春 雨を帶ぶ
楊貴妃は漢家天子の使だと聞いて、九華の帳の中で夢から目覚めた、衣を取り枕を押しやって起きては徘徊し、珠箔や銀瓶が次々と開かれる(聞道:聞くならく、徘徊行きつ戻りつする、珠箔:玉の簾、迤邐:次々と連なるさま)
雲髻は半ば乱れて眠りから覚めたばかりの様子、冠も直さぬままに堂から降りてくる、風が裾を吹いてふわりと巻き上げ、まるで霓裳羽衣の舞のよう、だがその玉容は寂しげで涙が流れ落ち、その様子が春雨を帯びた梨花の一枝のようだ(雲髻:雲のようにふわりとした髪、玉容:玉のような顔、闌幹:はらはらと落ちるさま)
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