最期の段では、玄宗の使者と面会した楊貴妃が、自分の思いを切々とつづる場面が展開される。最後に有名な比翼の鳥と連理の枝の比喩を用いて、(玄宗と自分との)二人の切れぬ間を絶叫して終わる。
長恨歌その五(壺齋散人注)
含情凝睇謝君王 情を含み睇を凝らして君王に謝す
一別音容兩渺茫 一別音容 兩つながら渺茫
朝陽殿裏恩愛絕 朝陽殿裏 恩愛絕え
蓬萊宮中日月長 蓬萊宮中 日月長し
回頭下望人寰處 頭を回らせて 下 人寰を望む處
不見長安見塵霧 長安を見ずして塵霧を見る
惟將舊物表深情 惟だ舊物を將(も)って深情を表し
鈿合金釵寄將去 鈿合 金釵 寄せ將(も)ち去らしめん
釵留一股合一扇 釵は一股を留め合は一扇
釵擘黃金合分鈿 釵は黃金を擘(さ)き合は鈿を分かつ
但教心似金鈿堅 但だ心をして金鈿の堅きに似しむれば
天上人間會相見 天上人間 會(かなら)ず相ひ見えん
(楊貴妃は)情を含み睇を凝らして君王の使いに感謝した、一たびお別れしてからお声も聞こえず御姿も見えず、朝陽殿で賜った御恩は絶えて、ここ蓬萊宮で長い間過ごしてまいりました(凝睇:瞳をこらす、朝陽殿:玄宗と楊貴妃が暮らした宮殿、蓬萊宮:海上の仙境にある宮殿)
頭を回らせて人間世界を眺め下しても、見えるのは長安ではなく塵埃ばかりです、思い出の品々をさしあげて私の心をあらわし、鈿合と金釵を持って帰ってもらいましょう(人寰:人間世界、舊物:思い出の品々、鈿合:螺鈿の小箱、合は蓋のついた箱、金釵:金の二股のかんざし)
二股のかんざしのうち一股を手元に残し、小箱は蓋のほうを残しましょう、かんざしは黄金を裂き、箱は蓋と本体を分かつのです、わたしたちの心がこの金鈿のように堅ければ、いつかきっと会えることが出来ましょう(股:かんざしの足を数える数詞、扇:箱のふたを数える数詞)
臨別慇懃重寄調 別れに臨んで慇懃に重ねて調を寄す
詞中有誓兩心知 詞中誓ひ有り 兩心のみ知る
七月七日長生殿 七月七日長生殿
夜半無人私語時 夜半人無く私語する時
在天願作比翼鳥 天に在りては願はくは比翼の鳥と作(な)り
在地願為連理枝 地に在りては願はくは連理の枝と為らん
天長地久有時盡 天長く地久しきも時有りて盡く
此恨綿綿無絕期 此の恨みは綿綿として絕ゆる期無からん
別れに臨んで更に慇懃に言葉を寄せた、その言葉に込められた誓いは(玄宗と楊貴妃の)二人だけが知っている、七月七日の長生殿、夜半人無くささやきかわす時
天にあっては願わくは比翼の鳥となり、地にあっては願わくは連理の枝となりましょう、天長く地久しきといえどもいつかは尽きます、けれどこの恨みはきっと絶えることがないでしょう(比翼鳥:翼を並べた二羽の鳥、二つの幹から伸びた枝が一体となっているさま、綿綿:はてしなく続くこと)
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