2014年5月アーカイブ

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長津川調整池は、水害対策として整備されたものである。長津川の流域の一角をくぎって掘り下げ、そこを空池にしておいて、大雨で川の水流がまして溢れそうになると、この池に水を誘導して洪水を防止すると言った仕掛けだ。

ニーチェは「善悪の彼岸」の中で、支配者道徳と奴隷道徳を対比させたうえで、歴史の流れの中では奴隷道徳が勝利して、利己的で力強い人間の賛美ではなく、利他的で弱々しい人間を賛美するようになった、と述べた。いったいどういうわけで、そのようなことが起こったのか。それを説明して見せたのが「道徳の系譜」学である。道徳の系譜学とは、道徳の起源について歴史的に明らかにする学問である。どんな道徳も、それが歴史を超越した永遠の真理なのだと強弁する本能をもっているが、実は歴史を超越した永遠の真理などはない。どんな道徳も歴史の中で生まれたのであり、ある特定の起源を持っている、そうニーチェはいうのである。

密教建築4:醍醐寺

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(醍醐寺金堂)

醍醐寺は空海の孫弟子である聖宝僧正を開基とし、醍醐、朱雀、村上三天皇の御願によって建立された。そんな経緯からして、密教寺院として強大な権威と勢力を誇った。

胡旋女:白楽天を読む

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白楽天の「新楽府」から「其八胡旋の女」(壺齋散人注)

  胡旋女 胡旋女   胡旋の女 胡旋の女
  心應弦 手應鼓   心は弦に應じ 手は鼓に應ず
  弦鼓一聲雙袖舉  弦鼓一聲 雙袖舉がり
  回雪飄搖轉蓬舞  回雪飄搖し 轉蓬舞ふ
  左旋右轉不知疲  左に旋り右に轉じて疲れを知らず
  千匝萬周無已時  千匝 萬周 已む時無し
  人間物類無可比  人間物類 比すべき無く
  奔車輪緩旋風遲  奔車 輪緩 旋風 遲し
  曲終再拜謝天子  曲終り再拜して天子に謝す
  天子為之微啟齒  天子之が為に微かし齒を啟(ひら)く

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いわゆるベルエポック時代のパリに集まった大勢の芸術家たちと、モディリアーニは親しく付き合ったが、コクトーもその一人だった。もっともコクトーは多くのボヘミアン的な芸術家とは違って、生粋のパリッ子だった(パリ郊外の生まれではあるが)。20台にして偉大な詩人としての名声を確立したこの天才と、モディリアーニはそりが合わないところもあったといわれるが、それは両者ともに天才肌で、強いオーラを発していたために、互いに反発しあっているように見えたからもしれない。しかし、二人の仲が悪かったら、モディリアーニがわざわざコクトーの肖像画を描くこともなかっただろう。

保守革命と新保守主義

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冷戦終結後に登場したサッチャーやレーガンの政権を、「新保守主義」ということができる。新保守主義はやがて国境を越えて広がり、日本にも押し寄せてきた(小泉政権)が、その登場は革命的といってもよいような衝撃を伴っていた。その衝撃の大きさを、政治学者の森政稔氏は「保守革命」と表現している(「変貌する民主主義」)。

いわゆる「残業代ゼロ」の問題点については、このブログでもたびたび指摘してきたところだが、いよいよ安倍政権が法制化に向けて本格的に動き出した。一定の要件を満たした従業員については、労働時間についての上限を撤廃し、どれだけ働いても、残業代を支払わなくてもよいとする制度の導入だ。これが、導入されれば、将来的にその範囲が拡大していくことが予想され、日本の雇用慣行に歴史的な転換が起こると予想される。

二十四の瞳:木下恵介の世界

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「二十四の瞳」は、木下恵介の最高傑作としての評価があるとともに、日本の映画史上において最も成功した作品の一つである。この映画が公開された1954年には、黒沢明の「七人の侍」も公開されているが、その年のキネマ旬報ベストテンでは、「二十四の瞳」が一位になっている。それほど、当時の日本人の支持が強かったということだろう。当時の日本人ばかりではない、21世紀における今日の日本人の心に訴えるものも持っているのではないか。少なくとも筆者などは、この映画をみて感動の湧き上がるのを禁じ得なかったものだ。

白鵬の一夜明け会見拒否

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夏場所で29回目の優勝を果たした横綱白鵬が、恒例の一夜明け会見を拒否していることで、様々な憶測が飛んでいる。本人の口からは一切説明がないので、その理由ははっきりしないが、いくつか思い当たるフシがないわけでもないらしく、世間では様々な憶測が乱れ飛んでいるというわけだ。

EU議会選で反EU派が躍進

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EU議会選が5年ぶりに行われ、反EU派が躍進した。フランス、イギリス、ギリシャでは第一党になり、全体でも3割の議席を獲得した。ギリシャで第一党になった急進左翼連合は左翼を名乗ってはいるが、主張はナショナリスティックであり、フランスで第一党になった国民戦線は極右政党として知られている。各国でEUへの批判的な意見が、ナショナリスティックな勢力の躍進をもたらしたといえる。

密教建築3:室尾寺

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(室尾寺五重塔)

室尾寺は奈良時代末期の宝亀年間に興福寺の別院として創立された寺院である。それが真言宗に転じたのは、元禄年間のことである。したがって本来は密教寺院ではないが、山地にあって堂宇が自由に配置され、密教の山地伽藍の雰囲気を感じさせる。

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マックス・ジャコブは、ブルターニュ生まれのユダヤ人で、詩人でありかつ画家でもあった。詩人としては、アポリネールやコクトーと並び、現代詩の先駆者の一人に数えられている。交友範囲が広く、また面倒見が良いことで有名だった。モディリアーニと知り合ったのは、「洗濯船」時代のことだったらしい。しかし後にベアトリス・ヘイスティングズを奪おうとして、モディリアーニと気まずくなったといわれている。

日中両軍機の異常接近

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日中間でまたきな臭い事態が起こった。5月24日、東シナ海の日中中間線付近を飛行中の自衛隊機二機に向かって、中国軍の戦闘機が背後から近づき、一時は30メートルの近さにまで近づいたというものだ。中国軍機はそのまま飛び去ったようだが、まかり間違えば深刻な事態につながりかねなかったとして、日本側は外交ルートを通じて、中国側に厳重に抗議したということだ。

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船橋にある長津川調整池公園は、筆者の家から歩いてすぐのところにあり、そんなところから日常の散歩コースになっているのだが、ここには、土手ぞいに桜の木がたくさん植えられていて、それらが毎年春になると爛漫たる眺めを呈する。

ニーチェは晩年の著作「善悪の彼岸」と「道徳の系譜」において、キリスト教道徳の徹底的な批判を行った。すでに「人間的な、あまりに人間的な」に始まる一連のアフォリズム集において、既成のあらゆる価値の転倒に向けて大胆な歩みを始めたニーチェであったが、あらゆる価値の中でももっとも大きなもの、すなわちキリスト教道徳については、「神は死んだ」というだけで、何故神は死ななければならなかったか、その没落の必然性を詳細に論じたとは言えなかった。その必然性を腑分けして見せる前に、ニーチェはいきなり「ツァラトゥストラ」を持ち出して見せたのである。

タイのクーデター

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タイで半年以上にわたって続いていた政治的混迷に対して、軍がクーデターで応えた。当初、軍は、政府側(タクシン派)と反タクシン派との間で中立だと言っていたが、インラック前首相はじめタクシン派の要人を次々と拘束したことから考えると、反タクシン派に肩入れしていることは間違いない。

密教建築2:教王護国寺(東寺)

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(北東側から見た教王護国寺:左が五重の塔、右が講堂(手前)と金堂)

空海の真言密教には、僧侶の修行という面と衆生の救済という面との両面があるが、そのうち僧侶の修行の拠点として作られたのが高野山金剛峰寺であり、衆生の救済及び国家鎮護の場として位置付けられたのが教王護国寺(東寺)である。この寺はもともと、平安遷都に伴い、国家鎮護のための官営寺として計画されたものであった。その計画によれば、平安京の南端に東西二つの寺院が対になって整備されることになっていた。そのうちの東側の寺(東寺)を、空海に深く心服していた嵯峨天皇が、空海に与え造営をゆだねた。そこで空海は、これを教王護国寺と名づけ、国家鎮護の役割を果たさせるとともに、衆生救済の拠点とも位置付けたわけである。

上陽白髪人 愍怨曠也:白楽天を読む

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白楽天の新楽府より「上陽白髪の人、怨曠を愍むなり」(壺齋散人注)

  上陽人          上陽の人
  紅顏暗老白髪新  紅顏暗く老いて白髪新たなり
  綠衣監使守宮門  綠衣の監使宮門を守る
  一閉上陽多少春  一たび上陽に閉ざされてより多少の春ぞ
  玄宗末歲初選入  玄宗の末歲 初めて選ばれて入る
  入時十六今六十  入る時十六今六十
  同時採擇百余人  同時に採擇す百余人
  零落年深殘此身  零落して年深く 此の身を殘す
  憶昔吞悲別親族  憶ふ昔 悲しみを吞みて親族に別れ
  扶入車中不教哭  扶けられて車中に入るも哭せしめず
  皆云入內便承恩  皆云ふ 入內すれば便ち恩を承くと
  臉似芙蓉胸似玉  臉は芙蓉に似て胸は玉に似たり
  未容君王得見面  未だ君王の面を見るを得るを容れざるに
  已被楊妃遙側目  已に楊妃に遙かに側目せらる
  妒令潛配上陽宮  妒(ねた)みて潛かに上陽宮に配せられ
  一生遂向空房宿  一生遂に空房に宿る
いわゆる「残業代ゼロ」をぶちあげた安倍政権の産業競争力会議の場で、これまで慎重姿勢をとっていた厚生労働省が、容認の方向に転換した。当面は高収入で専門的な職種にかぎって、という留保条件付だが、労働者の報酬を、労働時間ではなく労働の成果によるものとし、そうした労働者には残業代を支払わなくてもすむようにする、というものだ。

ロロット:モディリアーニの肖像画

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ロロットとはモデルになった女性の名前。どんな素性の女性であったかは、わからない。別のタイトルを「帽子をかぶった女の頭」というように、黒い帽子をかぶり、小首をすこし傾げてこちらの方を見つめている。様式的なところの強いモディリアーニの絵の中でも、顔立ちや雰囲気に個性を強く感じさせる描き方である。

習近平の覇権主義的発想:アジア安保

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上海で開かれたCICA(アジア信頼醸成措置会議)の首脳会議で、習近平が開催国を代表して基調演説を行い、その中で「アジアの安全は結局、アジアの人々が守らなければならない」と述べ、中国がアジアの安全を主導する意欲を示した。また、「第三国に向けた軍事同盟の強化は、地域の安全のためにならない」と述べ、日本やフィリピンとの同盟強化をはかるアメリカをけん制した。

1980年代以降、いわゆる新自由主義的な潮流が政治の分野にも押し寄せてきたことで、民主主義の変貌が云々されるようになった。そうした流れのなかで、民主主義はもはや万能の思想ではなく、人間の自由をとことん追求する自由主義的な思想こそが時代をリードすべきだとする極端な考え方が生まれるまでになった。筆者はそうした潮流を、冷戦の終了によって、社会主義の権威が失われ、資本主義が唯一のものとして残った結果の現象であると考えていた。唯一の制度として残った資本主義が、もはや人間の平等とか生存への権利といった社会民主主義的要請を気にせず、資本家の欲望追及が無制限に許されるような時代になった。新自由主義はそうした時代の自己主張と考えたわけである。

日本の悲劇:木下恵介の世界

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木下恵介の映画「日本の悲劇」は、題名からしてものものしいが、内容はもっとものものしい。ここに描かれているのは、一組の母子の不幸な物語なのだが、それが、この母子の問題というにとどまらず、日本社会の問題性を映し出した典型的な事例、日本社会の矛盾が凝縮してあらわれたものだとして描かれている。この映画は、公開後すぐに社会派作品というレッテルを貼られたそうだが、個人の問題を社会との関連で解釈するのが社会派という言葉の意味だとすれば、そういってもおかしくはない。

甲状腺がんと鼻血

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福島県が、福島原発事故による子どもの甲状腺がんへの影響について、調査結果を発表した。それによると、結果がまとまった28万7千人のうち、50人について甲状腺がんの確定診断がなされ、疑いのある子どもを含めると、90人にものぼるという。

密教建築1:高野山金剛峰寺

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(金剛峰寺不動堂)

日本で最初の密教建築といえば、空海が高野山に造立した金剛峰寺である。金剛峰寺の諸伽藍は、消失と再建を重ね、現存するものは、最も古い不動堂や大会堂でも12世紀末より先には遡らない。しかし、個々の建物はかなりな程度、創建当時の面影を帯びていると言われている。

金髪のルネ:モディリアーニの肖像画

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この絵のモデル・ルネはモイズ・キスリングの夫人である。モディリアーニは彼女の肖像画を二点描いているが、これはそのうちの一枚目。

東山三年坂:水彩で描く日本の風景

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京都に旅行したら、嵐山と清水寺に立ち寄らない手はないといって、今回もその両方を訪ねた。例の舞台の上から京都の町の遠望を楽しんだあと、旅館のある高台寺方面に向かって歩く途中に、三年坂を下って歩いた。

「悦ばしき知識」の中でニーチェがまず取り掛かるのは、「高貴な人間と卑俗な人間」との間の相違点を明らかにすることである。ニーチェはすでに「人間的な、あまりに人間的な」において「自由な精神と束縛された精神」とを比較していたのであるが、これらの二組の対立項は、似ているところとそうでないところがある。後者の対立項(自由な精神と束縛された精神)は、あらゆる価値の転倒を行うために必要な、精神的な心構えを論じたのに対して、前者の対立項(高貴な人間と卑俗な人間)は、人類の発展という高邁な目的にとって、必要な人間像を問題にしている。既存のあらゆる価値の転倒を行うという点では、自由な精神を持っていなければならないが、それにとどまらず、人類の発展と言う高邁な目的を達成するには、さらに別の資質を必要とする。それは一言で言えば高貴な人間性である、とニーチェは言うのだ。

胎蔵界・金剛界両界曼荼羅

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(胎蔵界曼荼羅、教王護国寺)

密教では、曼荼羅を特に重視する。曼荼羅自体は密教の専売特許ではなく、ほかの宗派でも用いることがあるが、密教の場合には、教義の中心となる重要なものである。それは、密教的世界観を視覚的なイメージとして表現したもので、世界の本質をあらわしたものとされる。真言密教では、曼荼羅を真言と言うこともある。真言とは、本質あるいは真理をあらわす言葉と言う意味である。

新樂府 序:白楽天を読む

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「資治通鑑」元和2年11月の条に、「盩厔尉、集賢校理白居易、楽府及び詩百篇を作り、時事を規諷すること禁中に流聞す、上見て之を悦び、召して翰林に入れしめ学士となす」とある。官僚生活を始めたばかりの白楽天にとって、「時事を規諷する」詩すなわち風諭詩は、もっとも力を入れたものであった。これに比べれば「長恨歌」のようなものは、単なる筆のすさびに過ぎないと、自らに言い聞かせていたのでもあったが、世人が風諭詩より長恨歌のほうを重んじたのは、白居易にとっては皮肉なことではあった。

安倍晋三という政治家の政治スタイルを特徴付けて、アベポリティクスと筆者は命名し、その特徴は、復古的で反動的な政策ミックスにあると言った。しかしもうひとつ、もっと重要な特徴を付け加えなければならないようだ。それは、専制主義を目指しているということだ。

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モディリアーニは1914年に画商のポール・ギュームと知り合いになった。ギョームはセーヌ右岸のフォブール・サン・トノレ(東京で言えば銀座通りのようなところ)の一角に画廊を構え、そこで当時無名だったキリコ、ドラン、ピカビアなどの絵を紹介したのだったが、モディリアーニの絵の売買にも助力し、画廊で行った多くの共同展にモディリアーニの絵を参加させてくれた。

中国が経済規模で米国を追い抜くのは時間の問題だと言われてきたが、それはすくなくとも数年以内のことではないとも言われてきた。というのも、為替レートを基準にして両国のGDPを比較すると、2013年度には中国はまだ米国の5割強に過ぎず、この差を埋めるには、かなりの時間がかかるだろうと、推測されてきたからである。

T.S.エリオットの詩「荒地」から「雷が言ったこと」6(壺齋散人訳)

           俺は岸辺に座って
  釣をしていた 干からびた平原を背にして
  せめて自分の土地くらいは手入れしようか?

  ロンドン橋が落ちまする 落ちまする 落ちまする

  ソシテ彼ハ浄火ノ中へ身ヲカクシタ
  イツ私ハ燕ノヨウニナレルダロウカ~おお燕 燕よ
  崩レタ塔ニイルアキテーヌ公ヨ
  これらの断片で俺はこの廃墟を支えてきたのだ
  お前のいうとおりにしよう ヒエロニモがまた狂った
  ダッタ ダヴァドヴァム ダミャータ

     シャンティ シャンティ シャンティ

安倍晋三とグレムリンな仲間たち

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安倍晋三総理大臣の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(通称「安保法制懇」)が、集団的自衛権を行使できるように憲法解釈の変更を求める意見書を安部総理大臣に提出することになった。この意見書は、日本をとりまく安全保障環境の変化を理由にして、集団的自衛権についての憲法解釈をめぐる従来の政府見解を覆して、日本が集団的自衛権を行使できるように、180度の方針変換をせまるものだが、そのことは、政府の解釈を憲法の明文規定よりも優先させるものとして、立憲主義からの大きな逸脱というべきである。

カルメン故郷に帰る:木下恵介の世界

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1951年に公開された木下恵介の作品「カルメン故郷に帰る」は日本で初の本格的カラー映画(当時は総天然色映画といった)である。ハリウッドで「風と共に去りぬ」が公開されたのが1936年のことだから、それより15年も遅れている。日本の写真技術が遅れていたということらしい。しかし、その分出来上がりはよく、今見ても新鮮な色彩を保っているのは、松竹がこの記念的作品を長く保存する目的で、金を惜しまなかったためだと言われている。

イスラエルのネタニヤフ首相が来日し、安倍首相と首脳会談を行った上で、「包括的パートナーシップの構築に関する共同声明」なるものを発表した。それを読むと、「閣僚級を含む防衛当局間の交流拡大、日本による中東和平実現への意向の表明、イランの核問題解決の必要性で一致」などとうたわれている。

平安時代の密教美術

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日本美術史上平安時代は密教美術の時代といってもよい。平安遷都後間もない804(延暦23)年に遣唐使に加わった空海は、長安の青竜寺で僧恵果から大乗密教の極意を授けられ、翌々年の806(延暦25)年に帰国するや、京都神護寺で胎蔵・金剛両部の灌頂を最澄その他の僧に授けた。その後空海は、高野山の金剛峰寺や京都の教王護国寺を舞台にして真言密教の教えを伝播し、一方、最澄の方も比叡山の延暦寺を中心に、台密とよばれる密教を普及した。それにともなって、密教美術が全面的に花開いたわけである。

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ベアトリス・ヘイスティングスはイギリス人のジャーナリストで、パリには1914年の4月にやってきた。目的は、ロンドンの雑誌「サ・ニューエージ」のために、「パリの印象」というコラムの記事を書くことであった。彼女はその取材のために、モンパルナスにたむろするボヘミアンたちの生態にも関心を向けた。そうしているうちに、モディリアーニと知り合ったのである。

プーチンはドライでクールな政治家と思っていたが、どうもそうでもないらしい。ウクライナをめぐる彼の最近の行動ぶりをみていると、クールどころかホットそのものだ。それが、かれのロシア・ナショナリズムの反映であることは間違いないようだ。ナショナリズムそのものは、政治家にとっては操作の対象となるかぎり、クールな政治とも両立しうるものだが、どうもプーチンの場合には、自分自身がナショナリズムに呑まれてしまっている風情が伺われる。つまりホットになりきっているわけだ。そのようなプーチンの顔をみていると、頭から湯気が上っているようにも見えてくる。

祇園の路次:水彩で描く日本の風景

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今年(2014年)の初春に、親しい友人たち数名と京都へ二伯の小旅行をした。筆者にとっては数年ぶりの京都旅行だと言うので、なにか記憶に残るものにしたいと思い、庭園巡りをテーマにした。そのおかげで、結構問題意識を以て旅をすることになり、充実したひと時を過ごすことができた。

あらゆる価値の転倒を実現するためには、それにふさわしい精神が必要である。それをニーチェは自由な精神と名づけ、通常の、束縛された精神に対比させた。束縛された精神とは、この世の中の価値に囚われているような精神のことをいう。それに対して自由な精神は、あらゆる価値や慣習から自由である。それは何物にも束縛されていない。何物にも束縛されていないがゆえに、それはあらゆる価値の転倒という事業を、何事もなくやってのけることができるのである。

競馬で儲けた金にも税金がかかるのだそうだ。筆者は競馬はやらないのであまり実感はわかないが、競馬で儲けたからといって、それを正直に税務申告する人は少ないのではないか。同じギャンブルでも宝くじの方は税金はかからないので、競馬の配当にもかからないと決め込んでいる人が多いのではないか。

漆胡瓶:正倉院宝物

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(漆胡瓶、高さ41.3cm)

正倉院には瓶が三口伝わっている。漆胡瓶、白瑠璃瓶、二彩の磁瓶が各一口ずつである。そのうちこの漆胡瓶と白瑠璃瓶は、ともに注ぎ口を鳥の頭にかたどり、把手をつけてある。胡瓶というのは、ペルシャ風の瓶と言う意味であり、この瓶もペルシャ風にデザインしたものを唐で作ったというふうに推測されている。

白楽天の生涯の友となった元稹は、様々な点で白楽天とは対照的だった。白楽天がどちらかというと慎重な性格だったのに対して、大胆で自分の身を案じないところがあり、したがって世間の不正ともひるまず戦った。そんな性格がもとで、幾度も左遷されている。その一方で独特の政治感覚を持っており、宰相にまで上り詰めた。白楽天にはとてもできないことである。

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シャイム・スーチン(1893-1943)は白ロシアのミンスクにあったユダヤ人居住地で生まれ、1910年から三年間リトアニアのヴィリニュスで絵を学んだあと、パリに出て来た。間もなくモディリアーニと知り合い、エコール・ド・パリの一人としての道を歩むようになる。

安倍首相の価値観外交

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安倍首相が、五月の連休のヨーロッパ歴訪中に、しきりと(ヨーロッパ諸国との)価値観の共有を強調していた。そこで安倍首相がいっていた価値観というのは、自由や民主主義といった欧米社会が歴史的に培ってきた「普遍的な」価値観のことをさしているのだろうと思う。もしそうであれば、そのこと自体は評価すべきことで、安倍首相には、今後もそうした価値観の実現に向かってまい進して欲しいと期待したいところだ。

T.S.エリオットの詩「荒地」から「雷が言ったこと」5(壺齋散人訳)

  ガンジス川が干上がり
  ひなびた葉っぱが雨を待っていると
  黒い雲が遠くヒマラヤを超えてやってきて
  ジャングルが沈黙のうちにかがみこみ背を丸めるや
  雷がこう叫んだ
  ダー
  ダッタ、捧げよ だが我々は何を捧げたか
  友よ 心臓を揺さぶる血潮だろうか
  あの大胆不敵な一瞬の情欲
  どんな分別も制御できぬ情欲だろうか
  情欲によってのみ我々は生きている
  死亡通知書に乗せられることもなく
  蜘蛛のつむいだ記憶の網にもひっかからず
  痩せた公証人が空っぽの部屋で開く遺言状にも
  記されることのない情欲
  ダー
  ダヤドヴァム、相憐れめ 私はたった一度だけ
  ドアの鍵が回転するのを聞いた
  我々は皆監獄の中で鍵のことを考えるものだ
  鍵のことを考えながら監獄にいることを確認するものだ
  ただ日暮れ時だけに 風聞のささやきが
  倒されたコリオレーナスを一瞬蘇らせる
  ダー
  ダミャータ、己を制せよ 船は
  熟練した船乗りには喜んで従うものだ
  海が穏やかな時には 心も喜んで従うものだ
  招かれるままに 弾み立って
  自分を導く者の手に従うものだ

タイの憲法裁判所が、三年前の人事を巡ってインラック首相に職権乱用があったとして有罪判決を言い渡した。タイの憲法の規定では、職権乱用で有罪となった首相は罷免されることになっている。このまま大きな混乱が起こらねば、インラック首相は失職することになる。

陸軍:木下恵介の世界

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「陸軍」は木下恵介の初期の傑作である。だが傑作というのは、芸術作品としての出来栄えという意味あいにおいてであって、興行的には成功したとはいえなかった。というのも、これは太平洋戦争開戦三周年を記念して、国民の戦意高揚をはかる陸軍の要請に応えて作ったにもかかわらず、とても戦意高揚をもたらすような作品にはならなかった。むしろ厭戦気分を高めるようなものだと、陸軍当局には受け取られたし、この映画を見た当時の日本国民も、この映画によって戦意を高められたとは言えなかった。時あたかも敗戦を目前に控えて、日本中が意気消沈しかかっていた時代である。この映画は、そんな日本人を更に意気消沈させたのではないか。ということで、木下はこの映画を作ったことで陸軍の逆鱗に触れ、以後終戦まで映画作りができなくなってしまったのである。

天平時代の陶器:正倉院宝物

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(二彩皿、口径14.6cm、高さ4.2cm)

正倉院には、磁皿と称するものが29口、磁鉢と称するものが25口伝わっているが、いずれも彩釉陶器である。それもわが国最古の彩釉陶器である。

ブラックの自覚がない企業

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いま問題になっているブラック企業について、そういわれるに値する条件をどう考えているか、学生側と企業側の認識の違いについて、毎日が取材記事を書いている。

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モイズ・キスリングはポーランド生まれの画家で、まだ19歳だった1910年頃に故郷のクラコフからパリに出てきて絵の勉強に励み、1912年頃からは、ピカソやブラックらの活動拠点であったモンマルトルのバトー・ラヴォアールの近所に移り住んだ。だがそれと入れ替わるように、ピカソはモンパルナスに移っていった。

日本国憲法を厄介視する自治体の動き

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毎年5月3日の憲法の日には、日本中で憲法をテーマにした集会が催され、それに地元の自治体が共催するといった光景が、一つの年中行事のようになってきたが、今年はそれに顕著な異変が起きているらしい。政治的な中立保持を名目にして、協賛を断る自治体が増えているというのだ。

妻籠宿:水彩で描く日本の風景

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以前妻籠宿に立ち寄った時には、北側から入って域内を回覧し、その途中で、「いこまや」という宿のあたりをスケッチしたものだった。今回(2013年秋)は、南側から入って域内を回覧してみた。

ニーチェの形而上学批判は、形而上学を土台で支えている一連の思考の枠組に対しても向けられる。その枠組とは、理性こそが真理を捉えることが出来るのであり、それ以外の人間の能力、たとえば感情とか芸術的感性によってではないとする立場である。これに対してニーチェは、理性の対象ではないような別の真理もあるといって、理性の対象となるような真理を相対化するとともに、時によってはそれこそが誤謬であり、別の真理(ニーチェはそれをとりあえず"目立たない真理"という)こそが真理でありうるという逆説的な言い方をする。

刀子:正倉院宝物

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(刀子、右側が鞘の長さ約15cm、把が約10cm、左側が約17cmと9cm)

刀子とは小刀のことであるが、武具ではなく装身具である。腰帯に結びつけて着用した。現在正倉院に60数口が伝わっており、刃渡り16cmに及ぶものから、2cmほどの小さなものまでさまざまである。

送王十八歸山寄題仙遊寺:白楽天を読む

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白楽天の長恨歌がなったきっかけは、友人たちと共に仙遊寺に遊んだことだったことは、先稿で述べたとおりだ。その時に白楽天と行動を共にした友人の一人に王質夫がいた。白楽天が都に上ったのと前後して王質夫も都に召されたと思われる。ところが何かの事情で失脚したらしく、王は都を追われて故郷へ帰ることになった。その折に白楽天が王に送った詩が「送王十八歸山寄題仙遊寺」である。かつてともに遊んだことをなつかしみ、今後そのような喜びが得られないことを嘆くとともに、故郷へ帰れる友人を羨むと言って、慰めてもいる。

日本の児童養護施設

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先日、児童養護施設(いわゆる孤児院)を舞台にしたあるテレビ番組が、入所児童の人権を侵害するような心無い演出をしたことで、世間の強い批判にさらされたことがあったが、この番組は、二重の意味で、人権感覚に欠けていた。児童施設を色眼鏡で見ることによって、入所児童の人権を侵害していることがひとつ、もう一つは、このような児童養護施設が社会的には何らの問題をも抱えていないように描くことで、養護を必要としている児童についての認識を曇らせているという点だ。

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一時期石彫りの彫刻に熱中していたモディリアーニは、1914年ごろから再び絵画を手掛けるようになった。そのほとんどは友人たちや町で出会った人々を描いた肖像画であった。それらの肖像画にモディリアーニは、彫刻家としての経験を最大限盛り込んだ。対象をそのままに写し取るのではなく、様式的に表現し直す、その様式とはアフリカ彫刻に触発された独特のボリューム感を感じさせるものだった。

無法地帯化するウクライナ東部

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ドニェーツク、ルガンスク、ハリコフといったウクライナ東部諸州では、親ロシア派住民による地方政府庁舎や警察署などの占拠が続き、行政はおろか日常生活が麻痺する事態が生まれている。今や、ウクライナ政府はこれら地域に対する統治能力を失っており、これらの地域はもはや無法地帯と化していると言ってもよい。

T.S.エリオットの詩「荒地」から「雷がいったこと」4(壺齋散人訳)

  一人の女が黒髪を引っ張ってぴたっと延ばし
  それを絃の代わりにメロディを紡ぎだした
  ベビーフェースの蝙蝠どもがすみれ色の光の中で
  キャーキャー泣きながらバタバタ羽ばたき
  頭を下に向け黒ずんだ壁を下りて行った  
  空中では塔が逆さまに浮かび
  時を告げる追憶の鐘を鳴らす
  すると空水槽や枯井戸から歌声が聞こえて来た

  山の中のこの崩れた穴で
  かすかな月明かりを浴びて草が歌っている
  朽ち果てた墓の向う側 教会のあるあたり
  その教会は空っぽで 風が吹いているだけで
  窓はなく ドアはきしんでいて
  一羽の雄鶏が棟木の上に停まっている
  こけこっこ こけこっこ
  稲妻が光り 湿った風が
  雨を運んできた

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