タイのクーデター

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タイで半年以上にわたって続いていた政治的混迷に対して、軍がクーデターで応えた。当初、軍は、政府側(タクシン派)と反タクシン派との間で中立だと言っていたが、インラック前首相はじめタクシン派の要人を次々と拘束したことから考えると、反タクシン派に肩入れしていることは間違いない。

軍は、2006年にもクーデターを起こし、当時のタクシン首相を追放した。それ以前にも、軍によるクーデターは何度も起こり、タイ固有の政治的な病気ともいわれてきた。最近は、国の近代化や国際化に伴い、軍が表面に出ることを控えて来たのだったが、タクシン派に敵対する反タクシン勢力の強い要望に応えて、乗り出したということなのだろう。

これまで軍は、クーデターのたびに国王の支持を取り付けて来た。タイの軍は、国王に忠誠をつくす"王の軍"としての性格を持たされているからだ。しかし今回は、国王に無断でクーデターに踏み切ったようだ。その理由について、高齢の国王を政治的な対立に巻き込まないための配慮だ、などとする見方もあるが、それは的を外れた見方だというべきだろう。

これまでのクーデター騒ぎでも、国王は政治的な対立を背景にしながら、その一方に肩入れする軍の動きを容認してきた。2006年のクーデター騒ぎの際にも、現職の首相であるタクシン追放の動きを容認した。今回も基本的な状況が異なっているわけではない。だから、軍が国王を無視したことの背景には、それなりの事情が働いていると考えた方が自然だ。

筆者は先日、次の国王となるマハ・ヴァジラロンコーン皇太子が亡命中のタクシン元首相とひそかに手を結んでいる動きについて触れたが、こうした動きが今回の軍の行動に影響しているのではないか。プミポン現国王は87歳の高齢である。したがって、マハ・ヴァジラロンコーン皇太子が遠からず新国王になることが予想されている。もしそうなったら、タクシン派の政治的立場が強化される可能性が高い。

それを反タクシン派は強く恐れているのではないか。その恐れが、軍を突き動かして、今回のクーデターにつながったのではないか。そんなふうにも受け取れる。

ところで、タイの政情がこうまで不安定なのは、タクシン派が国のエリート層の利害を代表していないことから来ている。どういうわけからか、よくはわからないが、タクシン派は、農村地帯始め貧しい地域の人々に対するポピュリスト的な政策で広範な支持を集め、エリート層の利害については、かならずしも配慮がなかった。そのことに対して、エリート層が反発し、ことあるごとにタクシン派の追い落としを図ってきたというのが、タイの政情不安の基本的な構図だ。

エリート層が、政治的資源を始めあらゆる社会的な資源を独占したがるのは、何処の国でもあることだが、タイの場合にはそれが露骨だということなのだろう。最近のタイは急速な経済発展に伴い、エリート層の懐は更に膨らみつつある。その膨らんだ部分の一部を、格差縮小のために徴用しようとするタクシン派の政策に、エリート層が強い反発を見せた。ごく単純化していえば、こういうことになる。

しかし、エリート層の言い分には、政治的な名分がほとんどない。ありていに言えば、自分たちの利害を守るためには、民主主義は邪魔だ、と言っているに等しい。その点では、エジプトのエリート層と異ならない。

今回のクーデターに対して、アメリカはいち早く批判を行った。日本政府も一応は遺憾の意を表明したが、何が遺憾なのかははっきり言わなかった。安倍政権は、民主主義には無関心なようだから、アメリカのように、民主主義を踏みじる行為は遺憾だ、とはいえなかったのだろう。







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