2014年8月アーカイブ

スバルまでの距離を三角測量で確定

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非常に明るいことで知られる散開星団のスバル(ヨーロッパではプレイヤード等)までの距離が、三角測量の方法を使って厳密に測定された。これを実施したのはカリフォルニア大学サンディエゴ校のカール・メリス氏のグループだ。

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ルネ・クレール(René Clair)の「最後の億万長者(Le dernier milliardaire)」は、ヒトラーの独裁振りを皮肉った、世界で最初の映画作品だといわれている。ヒトラー批判の映画としては、チャップリンの「独裁者」が有名だが、この作品はそれよりも6年も前、1934年に公開された。ヒトラーがドイツの実質的な独裁者となったのは1933年のことだから、この作品はそれをつかさず取り上げて、痛切に批判したわけである。

「歴史の概念について」は、ベンヤミンの遺稿となった作品である。彼は、これを「パサージュ論」への諸論として書いた。というのも、自分のライフワークである「パサージュ論」をフランクフルト学派の機関誌「社会研究」へ掲載することを希望したのに対して、編集部から、この膨大な研究を要約した緒論の提出を求められたからだった。そういう点では、「ドイツ悲劇の根源」とその序論である「認識批判序説」の関係に似ている。

中尊寺金色堂内の仏像

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(中央檀、木造・漆箔、像高、中尊62.3cm)

中尊寺金色堂内部には、四点柱内と背面庇両端間に計三つの須弥壇があり、それぞれの上に仏像群が置かれている。中央檀が清衡、向かって左(右檀)が基衡、向かって右(左檀)が秀衡の作らせたもので、像は彼らの死の前後に作られたものと思われる。彼らはほぼ30年ごとに死んでいるから、仏像の様式も、この間の60年間における変遷を反映しているとされる。なお、須弥壇の下に彼らの遺体が置かれていることは、先述したとおりである。

江州に来た翌々年(元和十二年)の春、白楽天は魯山の香鑪峯の麓に草堂を建てた。陶淵明の生き方を思うにつれ、官を捨て去るには到らないが、せめて静寂に包まれて思索に耽りたいと願ったからだった。草堂が完成するや、白楽天は「香鑪峯下新卜山居草堂初成偶題東壁」五首を作った。これはその第一首である。

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クレーの晩年の天使の絵の中で最も人気のあるのが「忘れっぽい天使(Vergesslicher Engel)」と題したこの絵だ。人気の理由は形のわかりやすさだと思う。ほかの天使の絵が、かろうじて顔の輪郭がわかる程度で、全体的には、はっきりとした形になっていないのに対して、この絵の天使は、顔と胴体と手とが、あるべき場所にきちんとあり、また羽根も羽根らしい形になっている。そんなわかりやすさが、親しみやすさに通じているのだろうと思う。

普賢菩薩騎象像:藤原彫刻8

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(普賢菩薩騎象像<大倉文化財団>木造・彩色、像高85.3cm)

普賢菩薩像は、文殊菩薩と並んで釈迦の両脇侍としてあらわされることが多いが、単体としては、白象の上に蓮華座を据え、その上で結跏している姿であらわされることが多い。この姿は、絵画や彫刻の形で多く作られた。というのも、普賢菩薩は女性の信仰の対象となり、貴婦人の間ではこの像を作らせて持仏とする習慣がひろがっていたからだ。

クルーグマンとアベノミクス

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ポール・クルーグマンがアベノミクスを高く評価していることはよく知られている。アベノミクスとは周知のように、長州人安倍晋三の面目躍如たる三本の矢からなっている。大胆な金融緩和、積極的な財政出動そして成長戦略だ。このうちクルーグマンが評価するのは最初の二本の柱だ。それに対して三本目の柱は、クルーグマンではなく、クルーグマンの敵対者たるサプライサイド・エコノミストたちによって評価されている。ある種のねじれ現象を引き起こしているわけだ。

よく死ぬ映画俳優

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米サイトWhatCulture!が、「よく死ぬ映画俳優トップテン」なるものを発表したそうだ。死ぬと言っても、実際に死ぬわけではなく、映画の中で死ぬという意味だ。でなければ、何度も死ぬわけにはいかない。

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「自由を我等に(A nous la liberté)」は、ルネ・クレールの最高傑作である。この作品においてクレールは、それまで追及してきたオペレッタ風の映画に究極の形を与えたわけであるが、それ以上に重要なのは、この映画が深刻な社会批判を含んでいるということだった。この映画以前には、映画というものは基本的には娯楽の一形態であり、多少甘く見ても、映像芸術の端くれに過ぎなかったのが、この映画が出ることで、映画を通じた社会批判というものも成り立ちうるのだということを、世界中の人々に認識させたのである。

毒舌家で知られる評論家の佐高信のことを、筆者は名前だけは知っていたが、彼が書いたものは読んだことがなかった。最近、「週刊金曜日」という雑誌の中で、右翼の大物といわれる朝堂院大覚と対談しているのを読んで、そのなかでかなり過激なことを言っているのに感心し、一つ別のものも読んでみようという気になった次第であった。

三千院阿弥陀三尊像:藤原彫刻7

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(三千院阿弥陀三尊像、木造・漆箔、像高中尊233.0cm、脇侍各132.0cm)

現在、大原三千院阿弥陀三尊像として知られるものは、明治以前には往生極楽院という寺の本尊であった。往生極楽院は、永治二年(1142)に死んだ高松中納言実衡の菩提を弔うために後室真如房が建立したものであり、明治になって三千院がこの地に移ってくるのにともなって、吸収されたような形になった。

ポール・クルーグマンの不況の経済学はますますケインズ色を濃くしてきていると、前稿で指摘した。近著「さっさと不況を終わらせろ」(山形浩生訳)では、クルーグマンは不況対策の柱を、金融緩和、財政出動、インフレ誘導に置いた。ところが、今の経済学の主流派を自認する人々は、ことごとくこれとは正反対の考え方をする。金融引き締め(金利の引き上げ)、財政赤字の縮減(政府支出のカット)そしてインフレ不安の解消こそが、経済の健全化をもたらし、不況の克服につながるというのだ。クルーグマンはそう主張する連中をオーステリアン(緊縮論者)と呼んで、その主張のナンセンスぶりを叩くとともに、その主張の影に隠された真の意図について暴露している。

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この絵は、Engel im Kindergarten と題されているから、幼稚園にいる天使を描いたものだとわかる。天使自身が幼い子どものように描かれているので、人間の幼稚園の子どもたちといっしょにいるか、あるいは、天使の子どもたちのための幼稚園にいるか、そのどちらかなのだろう。

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ルネ・クレール(René Clair)のトーキー第二作「ル・ミリオン(Le Million)」(1931年)は、前作「パリの屋根の下」と同じく、身体演技と音楽との絶妙の組み合わせからなっており、バレー演劇とも、オペレッタとも、ボードビルともいえそうな、独特の映画である。身体演技の様式性をとことん追求した点では、「パリの屋根の下」よりも徹底している。音楽を取り入れながら、英米のミュージカルとは全く異なった雰囲気を醸し出しているのは、クレールがヨーロッパ大陸の祝祭文化を継承していることから来ているのだろう。

ベンヤミンの映画芸術論

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複製技術の芸術作品への適用は映画に至って質的な変化をもたらした、とベンヤミンはいう。模写にせよ写真にせよ、それまでは、芸術作品の複製に過ぎなかったのに対して、映画においては複製から芸術作品が生まれる。つまり、芸術の複製ではなく、複製の芸術とでもいうようなものが生まれるわけである。

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(即成院の阿弥陀如来と二十五菩薩像、木造・漆箔、中尊の像高233.6cm)

即成院は京都東山の泉湧寺の塔頭のひとつ。そこに安置されているのが阿弥陀如来と二十五菩薩像。これらはもと伏見寺にあり、寛治八年(1094)に頼通の三男橘俊綱が作ったとされる。ただし、阿弥陀を含む二十五体のうち、当初のままのものは脇侍の両観音像を含む十体の観音像であり、阿弥陀如来が後世に他の寺から移されたほか、十五体の観音像は江戸期の作である。

琵琶行その四:白楽天の歌詞

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白楽天の歌詞「琵琶行」その四(壺齋散人注)

  我聞琵琶已歎息  我琵琶を聞いて已に歎息し
  又聞此語重喞喞  又此の語を聞いて重ねて喞喞たり
  同是天涯淪落人  同じく是れ天涯淪落の人
  相逢何必曾相識  相ひ逢ふ 何ぞ必らずしも曾て相ひ識らんや
  我從去年辭帝京  我 去年 帝京を辭してより
  謫居臥病潯陽城  謫居して臥病す 潯陽城
  潯陽地僻無音樂  潯陽 地僻にして音樂無し
  終歳不聞絲竹聲  終歳 絲竹の聲を聞かず
  住近湓江地低濕  住まひは湓江に近くして 地は低濕
  黄蘆苦竹遶宅生  黄蘆苦竹 宅を遶って生ず
  其閒旦暮聞何物  其の閒 旦暮 何物をか聞く
  杜鵑啼血猿哀鳴  杜鵑啼血し 猿哀鳴す

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この絵の題名はドイツ語では es weint だから、「それは泣いています」となる。天使には性別がないので、中性形の es が使われているわけである。しかし、その中性の天使が、なぜ、どのような理由で、泣いているのだろうか。

日本の少子化が進み、その結果人口の急激な減少が懸念されるようになった。この減少は、世界史的に見ても前例のないすさまじい規模のもので、人口減少と言うような生易しい言葉ではなく、人口崩壊ともいえるものだと指摘されている。ある試算によれば、現在約1億3千万人の人口が、2060年には8千700万人にまで減少するという(もっとドラスティックに減少するという試算もあるようだ)。

万寿寺阿弥陀如来像:藤原彫刻5

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(京都万寿寺阿弥陀如来像、木造・漆箔、像高281.0cm)

万寿寺は京都東山の東福寺の塔厨のひとつ。この阿弥陀如来像はその本尊であったが、明治以降長らく京都国立博物館に寄託されており、現在は東福寺光明宝殿に保存されている(非公開)。

クルーグマンの不況の経済学

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ポール・クルーグマンは、デフレ不況の克服についてかねてより政策提言を勢力的に行ってきた。その柱は、大胆な金融緩和、政府による積極的な財政出動そして適度なインフレと言うことであった。そしてこの三つの柱の中でも、金融政策に大きなウェートを置いてきた。日本のような巨大な債務を既に抱えてしまっている国では財政出動にもおのずから限界があるのに対し、金融緩和なら財政赤字を気にしないでできるし、またインフレを引き起こす手段としても使える、そんな判断が働いたためだろう。

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ルネ・クレール(René Clair)は、サイレント時代からトーキー映画確立期にかけてのフランス映画を代表する映画作家であり、世界の映画史にも巨大な足跡を残した。技術的には、エイゼンシュテインと並んで、モンタージュ技法の確立に寄与したことで知られ、また、内容的には、鋭い文明批評やヒトラーの専制政治を批判したことでも知られる。「自由を我らに」は、現代の機械文明を痛烈に批判したものとして、チャップリンの「モダン・タイムズ」に影響を与えたと言われ、また、「最後の億万長者」は、ヒトラーの独裁ぶりをいち早く映画で皮肉ったものとして、同じくチャップリンの「独裁者」に影響を与えたといわれる。

法界寺阿弥陀如来像:藤原彫刻4

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(法界寺阿弥陀如来像、木造、漆箔、像高227.0cm)

法界寺は日野氏の氏寺として十一世紀の半ばごろ、薬師如来を本尊として建てられた。その後、阿弥陀信仰の広がりにしたがって、阿弥陀堂を併設するようになった。現存する阿弥陀如来像(国宝)は、十一世紀末に作られたと考えられている。

アメリカの大金持ち

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ポール・クルーグマンによれば、「2006年に、最高給のヘッジ・ファンドマネージャー25人の稼ぎは併せて140億ドルで、これはニューヨーク市の学校教師八万人全員の給料合計の三倍だ」そうだ(クルーグマン「さっさと不況を終わらせろ」山形浩生訳)。

クレーの天使

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パウル・クレー(Paul Klee 1879-1940)は1921年に「新しい天使」と題した一枚の絵を描いた。紙に描いた線描画に簡単な水彩を施した絵だ。この絵をヴァルター・ベンヤミンが購入し、終生それを離さずに大事にしていたことはよく知られている。ベンヤミンは、この絵の中の天使を「歴史の天使」と自分なりに名づけ、そこに哲学的な思いを込めたのであったが、ナチスからの逃避行の最中にいよいよ死を覚悟したベンヤミンは、これをイスラエルにいる友人ショーレムに届けてもらうよう、知人に託したのであった。それゆえその絵は、いまでもイスラエルにある。

アメリカの人種差別暴動

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アメリカ・ミズーリ州のファーガソンで起きた一事件がきっかけで、いまや大変な騒ぎになっている。その事件というのは、丸腰の18歳の黒人少年が白人警察官によって射殺されたというもので、これが地元を中心とした黒人社会を刺激した。黒人社会はこれを、白人による黒人への人種差別のあらわれだとして糾弾したのに対して、地元の警察当局を始めとする権力側は、適切な対応を取らなかった。それが黒人社会の怒りに火をつけ、おさまりがつかなくなったということらしい。

人情紙風船:山中貞雄の世話物時代劇

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山中貞雄は1930年代に時代劇ばかりを作った人で、丹下左膳や河内山宗俊などを主人公にした荒唐無稽な活劇が得意だった。そんな山中にとって、「人情紙風船」は一風変わった作品だった。時代劇なのに派手なチャンバラシーンがなく、俳優たちがしゃべっている言葉も現代語とかわらない。言ってみれば、ちょん髷をつけた男たちが繰り広げる現代劇といった風情なのだ。山中は、この映画が公開されたその日に召集され、翌年の秋に、中国戦線で戦病死した。まだ28歳の若さだった。

「複製技術の時代における芸術作品」は、ベンヤミンの論文の中では、テーマの扱い方においても叙述の仕方においても、めずらしくわかりやすい論文である。ここでベンヤミンが扱っているテーマは、芸術作品の複製の意義と歴史ということであるが、歴史の過程を叙述するという作業は、時間軸を追って進むために、勢いわかりやすくなるという事情を抜きにしても、ここでのベンヤミンの叙述はクリアだといえよう。

浄瑠璃寺九体阿弥陀像:藤原彫刻3

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(浄瑠璃寺九体阿弥陀像 いづれも木像、漆箔 中尊以外は像高140cm前後)

藤原時代には、九体の阿弥陀像を安置する九体阿弥陀堂が多く作られた。九体阿弥陀とは、西方阿弥陀浄土の九つの相を示すといわれる。これら九体阿弥陀堂のなかでも、道長が造営した法成寺無量寿院のものは、その典型とされたが、現在には伝わっていない。この時代の九体阿弥陀堂のうち唯一伝わっているのが、浄瑠璃寺のものである。

琵琶行その三:白楽天の歌詞

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白楽天の歌詞「琵琶行」その三(壺齋散人注)

  沈吟收撥插絃中  沈吟 撥を收めて絃中に插み
  整頓衣裳起斂容  衣裳を整頓し 起ちて容を斂(おさ)む
  自言本是京城女  自ら言ふ 本是れ京城の女
  家在蝦蟇陵下住  家は蝦蟇陵下に在りて住む
  十三學得琵琶成  十三にして琵琶を學び得て成り
  名屬敎坊第一部  名は敎坊の第一部に屬す
  曲罷曾敎善才伏  曲罷っては曾て善才をして伏せしめ
  粧成毎被秋娘妬  粧成る毎に秋娘に妬まる
  五陵年少爭纏頭  五陵の年少爭って纏頭し
  一曲紅綃不知數  一曲の紅綃 數を知らず
  鈿頭銀箆撃節碎  鈿頭銀箆 節を撃って碎け
  血色羅裙翻酒汚  血色の羅裙 酒を翻して汚る

平泉を歩く:陸前小紀行その五

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八月九日(土)陰。七時過ぎに起床。朝食を済ませし後、磊々峡を散策す。名取川中流の渓谷なり。水岩にあたってしぶきをあげ、またいくつもの沢滝となって本流に落ちるさま、すこぶる雄勁なり。

死後への備え:献体を選択する人々

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筆者が属している所謂団塊の世代が今後後期高齢期から末期高齢期へと進んでいくに従い、年々死亡する人の数も増えて行く。NHKはそれを多死社会の到来と呼んでいたが、たとえば2030年には160万人もの人が死亡するだろうと推定されている。一方生まれる者はそれよりはるかに少ないから、人口が急速に減少するのも無理はない。

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最晩年のモディリアーニは、生後1歳になった娘のジャンヌを、パリ郊外に住んでいるある夫人の手に託した。この絵は、その夫人が娘のジャンヌを抱いているところを描いたものである。

秋保温泉に浸かる:陸前小紀行その四

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午後一時過、大崎八幡宮に至る。参拝前に腹ごしらへをなさんとてあたりを見回せどそれらしき店を見ず。以前来りし時には、参道には露店櫛比し大ひに賑はひたるやうに記憶せしが、この日は露店どころか人の姿も数ふるほどなり。前回はおそらくなにやらの祭の最中なりしなるべし。

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(平等院鳳凰堂雲中供養菩薩像五十二躯、木造40数cm~60数cm)

平等院鳳凰堂の阿弥陀如来を安置する堂内の長押の上の壁に、雲中供養菩薩像と呼ばれる五十二躯の像が掛けられている。僧侶や比丘尼の姿を現したもので、それらが雲中にあって、供養をしていたり、立って舞っていたり、あるいは音楽を演奏していたりする姿が表現されている。死後生まれ変わる浄土とは、このように楽しくすばらしい世界なのだということを、視覚的に現したものであろう。

狂気の戦場ペリリュー

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毎年8.15前後になると、アジア太平洋戦争に取材したテレビ番組が報道されてきたが、69回目の8.15を迎えた今年も、それは変わらなかった。NHKスペシャルでは、今年は「狂気の戦場ペリリュー」と題して、ペリリュー島における日米両軍の死闘について報道していた。

仙台を巡る:陸前小紀行その三

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八月八日(金)陰。七時起床、八時に朝食。これもまた質量ともに十分なり。食後ロビーにて新聞を読み、九時近く旅館を辞す。仙石線は結構混みあひてあり。仙台駅につくや、荷物をコインロッカーに預け、市内循環バスに乗らんとして乗り場を探したれど、なかなか見つけることを得ず。ここのバス乗場のインフォメーションは極めて不親切なり。駅にて偶然出会ひし地元の人に尋ね、やうやくその場所に至ることを得たり。

午後の遺言状:新藤兼人の世界

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「午後の遺言状」は、八十歳を過ぎた新藤兼人が、老いるとはどういうことか、ということを描きたいと思って作ったのだそうだ。新藤は、当時八十台半ばを過ぎていた杉村春子を口説くのに、あなたの皺を撮らせてほしいといったところ、杉村は撮らせてあげるというような言葉を返したそうである。この映画には、そんな杉村に対するオマージュのような意味合いもある。

徴兵制がホットな話題に

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人々の間で徴兵制がホットな話題になっているようだ。安倍総理大臣自らが、徴兵制はありえないといって人々の不安を宥めようとしているくらいだから、いかに深刻に受け取られているか、わかろうというものだ。

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塩釜マリンゲート観光桟橋十四時発の観光船芭蕉号に乗る。乗務員の説明に、この船はかの芭蕉翁が奥の細道の道中、塩釜より松島に船で向かふ道筋をそのままたどるなりといふ。果たして船は、塩釜港の桟橋を出航するや、塩釜湾を東へと進み、やがて湾を出でたるところにて進路を北に変へ、松島海岸の桟橋に向かひたり。途中,馬放島、仁王島、小町島、毘沙門島などの名所を巡りたり。しかして五十分ほどして松島に至りぬ。

平等院鳳凰堂阿弥陀如来像:藤原彫刻1

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(平等院阿弥陀如来像 木像漆箔、像高284.0cm)

平等院鳳凰堂阿弥陀如来像は定朝の製作になる唯一の現存像である。鳳凰堂はこの如来像を安置するために建てられたのであり、当初は阿弥陀堂と呼ばれた。実際鳳凰堂の堂内には、壁や扉に施された像や図を除けば、この像だけが安置されているのである。

広がるネット売春

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欧米を中心にしたネット空間で買売春のやりとりが広がりを見せているそうだ。典型的なのは、買売春の斡旋サイトを足掛かりにして、供給と需要のマッチングをはかるというものだ。日本の出会いサイトの売春版と考えればよいだろう。ところが、このネット売春を合法化して、むしろ推進した方がよいという考え方があるようだ。たとえば、英誌 Economist は、既存のあらゆる買売春ビジネスに比較して、ネット売春の方がメリットが大きいので、これを解禁しない手はないと主張している。Prostitution A personal choice Economist

仙台の七夕を見る:陸前小紀行その一

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東北の三大祭なるものを見物せばやとかねてより思ひをりしところ、今年は是非にもと思ひ立ち、旅館の手配なんどに取り掛かりしが、混雑甚だしと見え、なかなかうまくはかどらず、されば仙台の七夕祭ばかりにても見物せんとて、旅館の手配をすませしはこの春のことなりき。仙台のみならば、旅館もとりやすしとなり。しかして仙台に行く序に、松島や平泉にも脚を伸ばし、又温泉にも浸からんと色々計画を練り、用意万端のうへ八月七日の朝をむかへたり。

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モディリアーニには、ジプシー女を描いた絵が二点ある。どちらも、同じ服装で、しかも赤ん坊を抱いているところから、ほぼ同じ時点でデッサンしたものと思われる。そのうちの一点がこの絵である。ほかの一点は、抱いている赤ん坊の頭の一部が覗いているだけで、ほとんど女の上半身が描かれているだけである。

竹山ひとり旅:新藤兼人の世界

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高橋竹山は、津軽三味線の魅力を、日本中のみならず世界的なスケールで認めさせた功労者として知られる。竹山は、幼い頃にかかった麻疹がもとで盲目となったために、生きていく手段として津軽三味線の技術を身に着け、日本中を放浪して歩いた。その放浪の日々の生活を、自伝の形でまとめたものをもとに、新藤兼人が作った映画が「竹山ひとり旅」だ。竹山の放浪芸人としての生き方が、津軽三味線の音色に乗って語られるこの映画は、日本の古き日々の光景を思い出させてくれる。

「ドイツ悲劇の根源」は、ベンヤミンが教授資格論文としてフランクフルト大学に提出したものである。ところが審査にあたったコルネリウスは、「中味が全く判らないので、内容の要約を作ってもらったが、それもまた理解できなかった。弟子のホルクハイマーにも読んでもらったが、彼も理解できないといってきた」といって、これを棄却した。ここで「内容の要約」と言われているのが「認識批判序説」なのだが、たしかにコルネリウスのいうとおり、この論文は非常にわかりにくい。

藤原彫刻総論

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平安時代後半の美術を藤原美術といったり、仏像に代表される彫刻類を藤原仏とか藤原彫刻といったりする場合がある。厳密に言えば、平安時代のうち藤原氏の時代は十一世紀末までの百数年間であり、それ以降鎌倉時代に移行する十二世紀末までの約百年間は院政の時代なのであるが、それをも含めて平安時代後半の彫刻類を藤原彫刻というのには一定の理由がある。この時代を通じて彫刻のモチーフが阿弥陀如来を中心とした浄土信仰を反映したものであること、また、その様式に共通性が認められることなどである。

琵琶行その二:白楽天の歌詞

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白楽天の歌詞「琵琶行」その二(壺齋散人注)

  轉軸撥絃三兩聲  軸を轉じ絃を撥ひて三兩聲
  未成曲調先有情  未だ曲調を成さざるに先づ情有り
  絃絃掩抑聲聲思  絃絃掩抑して 聲聲思ひあり
  似訴平生不得志  平生志を得ざるを訴ふるに似たり
  低眉信手續續彈  眉を低れ手に信(まか)せて 續續として彈じ
  説盡心中無限事  説き盡す 心中無限の事
  輕攏慢撚抹復挑  輕く攏(おさ)へ慢く撚り 抹(な)でて復た挑ね
  初爲霓裳後六幺  初め霓裳を爲し 後には六幺
  大絃嘈嘈如急雨  大絃は嘈嘈として急雨の如く
  小絃切切如私語  小絃は切切として私語の如し
  嘈嘈切切錯雜彈  嘈嘈切切 錯雜として彈き
  大珠小珠落玉盤  大珠小珠 玉盤に落つ

ハンナ・アーレントの革命論

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革命は、少なくとも西洋文明にとっては、近代化の巨大な推進力だという理解が支配的だが、ハンナ・アーレントはその理解に対して異議を唱えた少数者の一人である。彼女は、「革命について」と題する書物の中で、革命を戦争と並列させ、この両者は暴力を「公分母」としていると書いている。つまり、両者とも、その本質は暴力にあり、したがって基本的には、なくて済ますべきものだと考えるわけである。彼女の革命に対する忌避感情は、とりわけフランス革命について極端に現れている。彼女にしたがえば、フランス革命は、人間性という言葉を使いながら、人間性に悖るものだったのであり、したがって、人間の歴史にとってプラスの側面よりも、マイナスの側面の方が大きかったのだと断定するのである。

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新藤兼人が1975年に制作した「ある映画監督の生涯」は、あくまでもドキュメンタリー映画として作られたもので、商業的な成功はあまり考えていなかったようだ。タイトルにわざわざ「私家版」という文字を加えてあることからも、そうした意図が伝わってくる。しかしこの作品は、興行的にも成功したし、その年のキネマ旬報のベストワンになるなど、評価も高かった。単にドキュメンタリー映画としてだけでなく、一個の芸術作品としても優れているからだろう。それを可能にさせた背景には、溝口健二という人間に対する新藤兼人の、人間としてのこだわりがあったのだと思う。

中尊寺金色堂

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(中尊寺金色堂)

平泉の中尊寺金色堂は、奥州藤原氏三代の栄華を示す遺構である。宇治の平等院鳳凰堂と並んで浄土様式を代表する建築物であるが、平等院のように大きな建築物ではなく、一辺が5.5メートルの小さな仏堂である。覆堂とよばれる大きな建築物の内部に収容されるようになっている。現存の覆堂は1965年に作られた鉄筋コンクリート造りの建物である。

反イスラエルの動きが世界に広がる

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反イスラエルの動きが世界中で広がっている。ガザへの攻撃で、子どもを含む多数の民間人を殺害していることに対する反発だ。ヨーロッパ各国では、もともと潜在していた反ユダヤ主義が、この事態をきっかけにして表面化したという面もあるようで、ドイツのネオナチやフランスのFNなど極右団体がユダヤ人の排斥を公然と叫ぶようになった。

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モディリアーニによるジャンヌ・エビュテルヌの肖像画は、正面をむいた半身像が多いのだが、これは肩から上を描いた数少ないもののうちのひとつ。顔をアップで映し出すことで、ジャンヌの美しさを強調したいと思ったのだろう。そんなことから、この絵にはモディリアーニ晩年の特徴である様式性が薄められ、モデルの自然な姿を再現しようとする意欲を感じる。

裸の十九才:新藤兼人の世界

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新藤兼人の映画「裸の十九才」は、1968年に起きた連続射殺摩事件を題材にした作品である。この事件の犯人が、集団就職で青森から都会に出てきた当時19歳の少年だということに興味を覚えた新藤は、何がこの少年を凶悪犯罪に駆り立てたのか、その背景を知りたいと思って取材をするうち、少年の育った悲惨な境遇が事件に深い影響を及ぼしていると感じるようになった。そこで、この事件の本質を新藤なりに解釈して、それを映画の形にまとめたのがこの作品なのだという。フィクションを含まない、事実だけに立脚した映画ということらしい。もしそうなら、かつての日本にこんなことがあったのかと、息苦しさを感じさせるような陰惨な事実が描かれている。

純粋言語:ベンヤミン「翻訳者の課題」

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翻訳とは、他言語で表現されたものを母語で再現することだと思われがちだが、それを他言語から母語への意味内容の再伝達だと考えるならば、それは間違っている。翻訳には、単なる伝達をこえた何ものか、それをベンヤミンは本質的なものといっているのだが、そして本質的なものは伝達できないと考えているのだが、要するに伝達をはみ出た部分がある。それ故、「悪い翻訳は非本質的な内容を不正確に再伝達する」(「翻訳者の課題」野村修訳、以下同じ)とベンヤミンはいうのだ。

踊る金正恩

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いまネット上で金正恩が大評判になっているそうだ。彼を主人公にしたシュールな映像が中国発のYou Tube を通じて配信され、それが人々の関心を大いに盛り立てているということらしい。

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(蓮華王院三十三間堂)

院政期における上皇による寺院建築として今日にその面影を伝えているのは、三十三間堂の名で知られる蓮華王院である。長寛二年(1164)、後白河上皇が御所とした法住寺の一角に作られ、丈六の中尊と千体の千手観音と二十八部衆を安置した。仏師は、康慶、運慶父子のほか、京の六条万里小路、七條大宮両仏処の仏師も参加した。

琵琶行并序:白居易の歌詞

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江州に左遷された翌年の元和十一年(816、46歳)、白楽天は琵琶行と題する歌詞を作った。友人を送る途中、たまたま琵琶を弾く夫人と遭遇し、その夫人の身の上話を聞くうちに、自分の境遇の悲しさが改めて身にしみ、この歌を作ったと序文にあるとおり、琵琶を弾く夫人にかこつけて自らの流謫の身の上を歌ったものと解される。そのへんのいきさつは、序文に詳しい。

中国の元実力者が1兆5千億円の不正蓄財

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胡錦濤時代に、中国共産党の最高実力者の一人であった周永康に対して、習近平政権が重大な規律違反を理由に訴追手続きをはじめた。その手始めとして、周永康とその一族が不正に蓄財した財産を没収したと伝えられたが、その金額が、日本円で1兆5千億円に上ると聞いて、筆者などはびっくり仰天した次第だ。

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南仏でのモディリアーニは、無名の隣人たちの肖像を描くかたわら、ジャンヌ・エビュテルヌの肖像を数多く描いた。その数は20点以上にのぼる。ジャンヌ・エビュテルヌは南仏滞在中の1918年12月に娘を出産しているが、モディリアーニの描いたこの時期のジャンヌは、妊娠しているという印象を与えないし、また、生まれた子供と一緒にいるシーンもない。いつも、単独で若々しい姿で描かれている。その点、生まれた子供と遊ぶ妻の姿を好んで描いたピカソとは異なるところだ。

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