北ホテル(Hôtel du Nord):マルセル・カルネのメロドラマ

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マルセル・カルネ(Marcel Carné)は、「霧の波止場」に続いて、しかも同じ年(1938年)に、同じような男女のラブ・ロマンス「北ホテル(Hôtel du Nord)」を作った。前作同様男女の愛をテーマにしたメロドラマだが、多少異なったところもある。前作ではジャン・ギャバン演じる男が愛の主導権を握っていたが、この作品ではアナベラ(Annabella)演じる女が愛の主導権を握っている。アナベラといえば、クレールの「パリ祭」やデュヴィヴィエの「地の果てを行く」などで清純な女性を演じた女優だ。この映画でもやはりそうした清純なイメージが強く伝わってくる。この時点で彼女は三十歳を超えていたのだが、二十歳代前半の若さにしか見えない。

そのアナベラが、どのようにして愛の主導権を演じるのか。彼女とその恋人(Jean-Pierre Aumont)は、この世の中に住みづらくなって心中を図るのだが、その心中がうまくゆかなくて、二人とも死にきれない。彼女の方はピストルが急所をはずれ、男の方は怖くなって逃げ出してしまうのだ。生き返った彼女は、色々あった末に、男ともう一度やり直そうと決心する。男の方は、自分の卑怯さを恥じて尻込みする。そんな男をアナベラ演じる女性が励まし続けて、ついに再び結ばれる、という筋書きなのである。心中を仕組んだのも女のほう、男を許して再起を図ろうと呼びかけるのも女の方、といった具合に、この映画の中では終始アナベラ演じる女が愛の主導権を握っているのである。

彼女らの心中劇と再起の舞台となるのが、題名にあるとおり「北ホテル」だ。名前のとおり、パリの北部、サン・マルタン運河沿いにある小さなホテルだ。サン・マルタン運河は、現在ではただのどぶ川になってしまったようだが、かつては水上輸送の盛んなところだったようで、この映画の中でも、輸送船の行き交う場面が出てくる。至る所閘門があって、それを使った水位の変化を利用して船は進んでいく。船が進みやすいように、架っている橋は皆太鼓のような形をしている。北ホテルはそんな太鼓橋の袂にあるというわけなのだ。

小さなホテルなので、家庭的な雰囲気で運営され、地域社会にも溶け込んでいる。また宿料が安いようなので、ここをアパート代わりに使っている客もある。映画の冒頭は、そんな客や隣人たちを招いて、主人夫婦が娘の初聖体を祝うパーティの場面だ。そこへ、若い恋人たちが入ってくる。アナベラ(ルネ)とジャン・ピエール・オーモン(ピエール)だ。部屋に通された彼女らは、これまでの暮しを振り返りながら心中の決意を確かめ合う。この世では辛いことばかりだったけれど、あの世ではきっと幸せになれる、と言いあいながら。

だが心中は失敗する。ピエールの撃った銃声を聞いた客の男=ルイ・ジューヴェ(Louis Jouvet)が部屋に駆け付けて、ピエールを逃がす一方、ルネのために救急車を手配するのだ。その結果ルネは生き返る。ピエールのほうは、後で自首して刑務所に入れられる。

生き返ったルネはホテルに戻り、主人たち夫婦の好意によって、そこで働くことになる。そんなルネの周りに色々な男が言い寄って来る。ルイ・ジューヴェ演じるエドモンもルネに惚れてしまった男の一人だ。彼には、アルレッティ(Arletty)演じる情婦レモンドがいるのだが、その女に愛想を尽かしていたので、新しい女に乗り換えようと思ったのである。

ルネは刑務所へピエールを訪ねる。その面会シーンがなかなか面白い。面会場所は細長い廊下のような形状になっており、その真ん中に二重の金網柵が(縦方向に)設けられている。二つの柵の間は細長い内廊下になっていて、そこにも守衛が歩き回っている。面会者と被収監者は、廊下の両外側に立ち、二つの金網柵を隔てて話し合うというわけなのだ。筆者は、日本の刑務所の面会場所を訪ねたことはないが、映画などで見る限り、一枚の柵を隔てて面会するようになっているようだ。これは警察署の中の留置書でも同様だ。こちらの方は筆者も、何度か訪ねたことがある(無論仕事上で)。

ルネはピエールに向かって、過去のことは水に流して、もう一度やり直しましょうと呼びかける。しかしピエールの方は、自分のしたことが恥ずかしくて、ルネの顔をまともにみられないほどだ。そんなピエールをルネは励まし続けるのだが、どうしてもピエールの気持ちは変わらない。

そんなわけで意気消沈しているルネの心を、エドモンが掠め取る。エドモンは、ルネと共に、どこか違う場所で生き直そうと持ちかける。気の弱くなったルネはその話に乗る。こうして二人は、スエズ運河の都市ポートサイド行の船に乗る。しかし、出航間近になってルネは気持ちを切り替える。やはり、ピエールと別れられないのだ。

結局ルネはピエールの説得に成功する。一方エドモンの方は、レモンドに愛想をつかされ、その手引きで、自分を追っていたヤクザに殺されてしまう。というよりか、自分からヤクザに撃たれに行くのである。(エドモンというのは、世を偽る仮の名で、本当はロベールという)

映画のラストシーンは、パリ祭のドンチャン騒ぎの中で、刑務所から出て来たピエールとルネとが再び結ばれるところを映し出す。二人は今度こそ、幸せな人生を勝ち取るにちがいない、というメッセージを残しながら。

こんなわけで、この映画もまた、究極のメロドラマと言ってよい。








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