むかし、紀の有常といふ人ありけり。み世の帝につかうまつりて、時に遇ひけれど、後は世かはり時うつりにければ、世の常の人のごともあらず、人がらは、心うつくしうあてはかなることを好みて、こと人にも似ず、貧しく経ても、なほ昔よかりし時の心ながら、世の常のことも知らず。年ごろあひ馴れたる妻、やうやう床離れて、つひに尼になりて、姉のさきだちてなりたる所へ行くを、をとこ、まことにむつまじきことこそなかりけれ、いまはと行くを、いとあはれと思ひけれど、貧しければするわざもなかりけり。思ひわびて、ねむごろに相語らひける友だちのもとに、かうかういまはとてまかるを、何事もいさゝかなることもえせで、遣はすことゝ書きて、おくに、
手を折りてあひ見しことをかぞふれば十といひつゝ四つは経にけり
かの友だちこれを見て、いとあはれと思ひて、夜の物までおくりてよめる。
年だにも十とて四つは経にけるをいくたび君をたのみ来ぬらむ
かくいひやりたりければ、
これやこのあまの羽衣むべしこそ君がみけしとたてまつりけれ
よろこびにたへで、又、
秋やくる露やまがふと思ふまであるは涙の降るにぞありける
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