むかし、をとこ、宮づかへしける女の方に、御達なりける人をあひ知りたりける、ほどもなくかれにけり。同じところなれば、女のめには見ゆるものから、をとこはあるものかとも思ひたらず、女、
雨雲のよそにも人のなりゆくかさすがに目には見ゆるものから
とよめりければ、をとこ、返し、
雨雲のよそにのみしてふることはわがゐる山の風はやみなり
とよめりけるは、又をとこなるある人となむいひける。
(文の現代語訳)
昔、ある男が、宮仕えしていた女のところで女房として仕えていた女と情を交わしていたが、やがて別れてしまった。(つとめ場所が)同じところなので、女の目には(男が)見えるものの、男は(女がそこに)いるとも思っていない、そこで女が
まるで天の雲のようにあなたは遠くなってしまったのですね、やはりわたしの目にはあなたが見えるのですが
こう読むと、男が、歌を返して
天の雲のように離れておりますのは、あなたのおられる山の風が早いからです
と読んだのだったが、それは女に、他に男がいたからだ、ということだった
(文の解説)
●御達:女房の中でも一段身分の高い者、●かれにけり:別れてしまった、●雨雲の:「よそ」にかかる枕詞、●見ゆるものから:見えはするが、●よそにのみしてふる:よそよそしくばかりしている、●わがゐる山:自分(女自身)がいる山●風はやみなり:風が早いからです、本来は「風をはやみ」というべきところ、●又をとこ:他の男
(絵の解説)
男女が同じ場に描かれているのは、ここが宮の中だという意味だろう。女が男の様子を気にかけている空気が伝わってくる。
(付記)
※ 歌のやりとりから、女のほうでは男に未練があるが、男はそれに対して連れない態度を取っていることが伝わってくる、その理由は、女に他の男がいるからだということになっているわけである
※ この歌のやりとりと同じようなものが、古今集恋五の部に収められているが、中身は微妙に異なっている
"業平朝臣紀有常が娘に住みけるを、恨むることありて、しばしの間、昼は来て夕さりは帰りのみしければ、よみてつかはしける
天雲のよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆるものかは
"返し
ゆきかえり空にのみしてふることはわがゐる山の風早みなり
これからは、最初に歌を贈ったのは、紀有常というようにも受け取れる
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