恐怖の報酬(Le Salaire de la peur):アンリ=ジョルジュ・クルーゾ

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アンリ=ジョルジュ・クルーゾ(Henri-Georges Clouzot)の映画「恐怖の報酬(Le Salaire de la peur)」は、フランス映画としては型破りなところがある。フランス映画と言えば、どんなジャンルの映画でも、男女の愛を描くことが定番なのに、この映画はかならずしも男女の愛にこだわっていない。主人公とその恋人のやりとりがちょっとは出てくるが、それは愛のやりとりとしては余りにもそっけない。この映画が徹底的にこだわっているのは、男女の関係ではなく男同士の関係なのである。

というのも、この映画の主題は男同士が命をかけて危険な仕事をやり抜くというものだからだ。命をかけた危険な仕事と言えば、戦場の戦いと同じようなものである。戦場においては兵士同士の人間的な信頼が大きくものをいう。互いに信頼し合っていなければ、共同して敵に当ることもできないし、あるいは味方に裏切られるかも知れない。それと同じように、この映画が描く危険な仕事は、仲間との深い絆が物を言う。その絆とは男同士のものであるから、映画は勢い男同士の関係に焦点をあてるわけである。

こんなわけで、この映画は通常のフランス映画とはかなり趣を異にしている。描かれるのは男女の愛のかわりに男同士の絆であり、また危険に立ち向かう勇気である。最後まで勇気を失わなかったものだけが、仕事をやりとげることができる。途中でひるんだり、気を抜いたものは、危険に呑み込まれて命を失うのだ。

舞台は中米のある小さな町。原油埋蔵地帯の前進基地といった性格のところらしく、仕事を求めて大勢の男たちがやってくる。主人公のマリオ(イヴ・モンタン Yves Montand)もその一人だ。しかし仕事はなかなか見つからず、ぶらぶらとして遊んでいる。彼には親しい女リンダがいるが、彼がどれだけ熱心なのかもわからない。積極的なのは女のほうだ。

そこへある中年のフランス人ジョー(シャルル・ヴァネル Charles Vanel)が、やはり仕事を求めてやって来る。マリオはジョーとすっかり意気投合し、それまで一緒に暮らしていたルイジ(フォルコ・ルリ Folco Lulli)と仲たがいしてまで、ジョーと行動を共にする。ジョーはこの町に事務所を置く石油採掘会社のマネージャーと旧知であることを頼って仕事を貰いに行くのだが、愛想悪く追い返されてしまう。そんなわけで、男たちはなかなか仕事にありつけず、酒場で喧嘩をして暇つぶしをしている始末である。

そんな折に、原油採掘現場で大きな爆発が起こり、大勢の従業員が死ぬという事故が起きた。爆発のために原油に火がまわり、なまじかのことでは消化できない。そこでマネージャーは奥の手を考える。火を以て火を制しようというのだ。ニトログリセリンを使って巨大な爆発を生じさせ、その爆風で火災を止めるという理屈なのだが、どうしてそれで消化ができるのか、筆者にはちょっと理解できなかった。それはともかく、火災現場にニトログリセリンを運送しなければならないことになり、石油会社では、運転手を募集する。

町にたむろしていた男たちは、高額の報酬に目がくらんで、我も我もと応募してくる。しかし、その仕事が命がけだということを知ると、みな怖気づく。なにしろ、現場までの数十キロの道は悪路だ。その悪路をニトログリセリンを積んで走らなければならない。トラックに衝撃が加わると、ニトログリセリンは爆発する。そんなことになったら、即お陀仏だ。男たちがひるむのも無理はない。

結局、マリオ、ジョー、ルイジそしてビンバ(ペーター・ヴァン・アイク Peter Van Eyck)の四人が選ばれる。トラックを発進させる直前、マリオは正直に怖いという。そんなマリオをジョーが、俺がついているから、と励まして出発するのだ。

かくて、現場までの数十キロの道のりを、様々な危険に遭遇しながら二台の車が進んでいく。危険に遭遇するたびに、演技する者もそれを見る観客も身体じゅうに汗をかくというわけだ。

最初の大きなサスペンスは、山中の狭いヘアピンカーブを回る所。先行のルイジのコンビはこのカーブを何とかやり過ごす。マリオたちは、トラックがいまにも崖に転落しそうになる一歩手前で、なんとか危機を脱出する。しかし、この危機に直面してジョーがビビッてしまうのだ。ビビった人間ではこの仕事は務まらない、かえって足手まといになるだけだ。しかし、いないよりはいた方がましだというので、マリオは我慢してジョーを道連れにする。

次の大きなサスペンスは、道をふさいでいた落石をニトログリセリンで吹き飛ばす所。この落石は、石油採掘現場の爆発で飛ばされたもののようだ。辺りには、その石油の匂いが立ち込めている。それに引火すればすさまじい爆発が起こるに違いない。だから、やり方を間違えると、自分たちの身が吹っ飛んでしまう。そこを、ビンバの機転で何とか切り抜ける。ルイジが爆発の爆風に巻き込まれて死にそうにもなるが、そこは悪運でクリアできた。しかし、ちょっとした気のゆるみが彼らの運命を狂わした。おそらく煙草の火が噴出していたガスに引火し、それがもとでニトログリセリンが大爆発、ルイジとビンバはあっけなく死んでしまうのである。

爆発現場に行ってみると、爆発でパイプラインが破損し、大量の原油が湧き出ている。そのため道に原油のプールが出来ている。早いところここを通過しなければならない。そこはマリオの勇気で、何とか通過できた。しかしジョーの方はトラックに脚を轢かれ、それがもとで出血死してしまう。

こんなわけで、マリオ一人だけが現場に到着した。マリオはジョーの分も含めて二人分の報酬を受ける。疲れただろうから、帰路は運転手をつけようかと申し出られるが、一人で大丈夫だと言って、意気揚々とトラックを運転する。

ここで運命のいたずらが再び介入してくる。一仕事やり遂げて有頂天になったマリオは、浮かれた気分でジグザグ運転をする。崖沿いの危険な道でもそれをやめない。その挙句、ハンドルを取られて谷底に転落してしまうのだ。あれだけの恐怖を潜り抜けて最後にありついた報酬がこれだとばかりに、マリオの死顔に運命の過酷な太鼓が鳴るというわけである。

この簡単な粗筋からもわかるだろうように、この映画はフランス映画としては珍しい要素を沢山含んでいる。その要素はあえて言えば、ハリウッド的といってよいのかもしれない。ハード・ボイルドというやつだ。そんなところからこの映画は、フランスにおけるヌーヴェルヴァーグのさきがけとなった側面もある。









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