2015年2月アーカイブ

英紙タイムズといえば、世界中に現存するメディアの中では最も古い伝統を誇る。論調は保守的である。そのタイムズが、現在日本を訪問しているウィリアム王子に触れ、王子がNHKを訪問する予定でいることに、批判のコメントを出している。

文官統制を規定している防衛省設置法12条を改正して、文官統制を廃止する動きについて、メディアから意見を求められた現職の防衛大臣が、これによって文民統制はかえって強化されると答えたそうだ。なぜそうなるのか、また、この規定の歴史的意義をどう考えるのか、という質問に対しては、この大臣は答えをはぐらかした。その理由が振るっている、この法律ができた時には、自分は生まれていなかったので、そんなことは知らないというのだ。

安倍政権の某閣僚が、国の補助金を受けていた企業から寄付を受けていた問題を追及されて、大臣の椅子を棒に振ったばかりだというのに、今度は某環境大臣と某法務大臣に同じような疑惑が持ち上がっている。どちらも、国から補助金交付を受けていた企業から、かなりの金額の寄付を受けていたことが発覚した。この問題について追及された某環境大臣のほうは、自分はその企業が国から補助金交付を受けていたことを知らなかったのだから、政治資金規正法に違反することにはならず、したがって違法な行為を行ったわけではないと釈明し、それを受けた安倍晋三総理も、本人は知らなかったと言っているのだから、これは違法ではないと擁護した。

春日権現記絵巻:鎌倉時代の絵巻物

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(春日権現記絵巻、巻二、白河院の春日神社参拝、縦41.5cm、宮内庁蔵)

藤原氏の守護神である奈良・春日明神の霊験の数々について、二十巻にわたる絵巻物に仕立てたもの。目録の記述によれば、藤原氏の末裔西園寺公衡が発願し、延慶二年(1309)に完成・奉納された。絵は、宮廷画家の高階隆兼が担当し、詞書は公衡の弟覚円法印と鷹司基忠が担当した。隆兼は伝統的な宮廷絵画の技法を受け継いでおり、この絵巻のなかにはそれが集大成された形で盛り込まれていると考えられる。

皇太子が、55歳の誕生日にあたってなされた発言を巡って、大手メディアがそれをどのように報道したか、池上彰氏のコラム「新聞ななめ読み」が取り上げている。このコラムは、とりあえず朝日を主な対象としているので、まず朝日の報道ぶりを紹介している。朝日は、皇太子の「戦争の記憶が薄れようとしている」との認識を示したうえで、「謙虚に過去を振り返るとともに、戦争を体験した世代から、悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切」と話されたと伝える一方、日本国憲法についての皇太子の発言について触れていないと指摘している。

受胎告知:エル・グレコの幻想

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1596年から1600年にかけて、エル・グレコは、マドリードのドニャ・マリア・デ・アラゴン学院付属聖堂祭壇画の注文を受けたが、それに際してメインとなる絵の縮小画を作って提示した。これは、本物の三分の一の大きさで、しかも習作としての位置づけなのだが、後期のエル・グレコの画風の始まりを告げる傑作と言う評価が高い。

ジョン・ロールズの市民的不服従論

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ジョン・ロールズは、立憲民主制のもとでも市民的不服従は正当化されると考えた。その理由として彼は、「正義にかなった憲法の下においてもなお、正義に反した法律が可決され正義に反した政策が実施されうる」(ロールズ「公正としての正義」所収論文"市民的不服従の正当化"平野仁彦訳)ということを挙げている。

当麻曼荼羅縁起絵巻:鎌倉時代の絵巻物

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(当麻曼荼羅縁起絵巻、下巻、縦48.8cm、13世紀中頃、神奈川光明寺蔵)

当麻曼荼羅縁起絵巻は、大和当麻寺に伝わる所謂「当麻曼荼羅」の由来に関する物語を、二巻の絵巻物にしたものである。「北野天神縁起絵巻」程ではないが、縦長の大きな画面を生かした、ダイナミックな絵が特徴である。13世紀半ばに当麻寺を巡る信仰が高まった時期があったが、この絵巻はそうした信仰を背景に成立したと考えられる。

直線的時間と円環的時間

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精神医学者中井久夫の「分裂病と人類」を読んでいたら、人類の歴史で時間観念が登場したのは、農耕文化の段階になってからだという記述にぶつかった。中井は、人類の歴史は狩猟採集の段階から農耕の段階に進んでいったと考えているのだが、狩猟採集の段階では、時間の観念はまだ成立していなかった、時間の観念が成立するのは農耕文化の段階以降のことだと言うのである。

今年(2015年)は、ソヴィエト・ロシアの対独戦争勝利70周年にあたるというので、プーチンのロシアは、5月9日に、モスクワで大規模な記念行事を予定しており、それにポーランドを始め、かつてのソ連の同盟国に参加を呼び掛けた。ところが、この招待にポーランドが反発、参加しないのは勿論、これに対抗するような記念行事を、西欧諸国と共に行いたいと、外交的な努力をしているところだという。

伊勢物語絵巻六七段(花の林)

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むかし、をとこ、逍遥しに、思ふどちかいつらねて、和泉の国に二月ばかりにいきけり。河内の国、生駒の山を見れば、曇りみ晴れみ、立ちゐる雲やまず。朝より曇りて、昼晴れたり。雪いと白う木の末に降りたり。それを見て、かのゆく人のなかに、ただひとりよみける。
  きのふけふ雲のたちまひかくろふは花の林をうしとなりけり

道(La strada):フェデリコ・フェリーニ

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フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)の「道(La strada)」は、世界の映画史上最も悲しい映画といえよう。とにかく、文句なしに泣かせてくれる。この映画を見て、もしも泣かない人がいたとしたら、その人は、人間の心を持った生き物とは言われないだろう。それほどこの映画は、悲しい映画なのだ。

北野天神縁起絵巻:鎌倉時代の絵巻物

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(北野天神縁起絵巻、第四巻、縦52.2cm、北野天満宮蔵、13世紀前半)

北野天神縁起絵巻は、菅原道真の無念の一生と、死後天満大自在天と化して霊威を振るったこと、人々が道真の霊を鎮めるために天神社を作った経緯などを絵巻物にしたもので、いくつかの本が伝わっているが、最も古くまた権威のあるものは北野天満宮に秘法として伝わる承久本と呼ばれるものである。詞書に承久元年(1219)とあるところからそう呼ばれるようになったのだが、本文の最初の形態は建久五年(1194)以前に遡ると考えられている。

デマか妄言か:安倍晋三総理のヤジ

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先日、予算委員会の席上、安倍晋三総理が民主党の議員の質問に対して「日教組」とデモをとばした問題で、民主党はこれを重く見て、再び安倍総理に問いただしたところ、安倍総理は開き直り、「日教組は国から補助金を貰っているにもかかわらず、民主党議員に献金した」というような発言をした。これには、日教組と民主党が早速、安倍総理の発言は全く事実無根だと反発した。調べてみるとそのとおりで、日教組は国の補助金を貰ってなどおらず、また、民主党議員に献金した事実はないということがわかった。それをもとに、三たび追及を受けた安倍総理は、今度ばかりは観念したらしく、ついにギブアップした、というような経緯をメディアが伝えている。こういう事柄を聞かされると、日本国民なら誰でも恥ずかしくなる所だろう。

菜園の苦悩:エル・グレコの幻想

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「菜園の苦悩」と題するこの絵は、エル・グレコの中期の代表作との評価が高い。同じテーマでいくつかのヴァージョンを描いているが、アメリカのトレド美術館にあるこの作品が最初に描かれたとされている。ロンドンのナショナル・ギャラリーにも、ほぼ同じ内容の絵が収蔵されている。

沖縄の米軍が沖縄の日本人を逮捕

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沖縄の米軍が沖縄の日本人を逮捕したというニュースに接して度肝を抜かれた。何故日本にいる外国の軍隊が日本人を逮捕するのか。それには、法律上色々な理屈があることは、筆者も一概にわからないではないが、それにしても何故日本人が、日本の国に存在している外国の軍隊に逮捕されなくてはならないのか。これは、日本人として、その前に人間として、自然に湧いてくる疑問だろう。

伊勢物語絵巻六六段(難波津)

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むかし、をとこ、津の国にしる所ありけるに、あにをとと友だちひきゐて、難波の方にいきけり。なぎさを見れば、船どものあるを見て、
  難波津を今朝こそみつの浦ごとにこれやこの世をうみ渡る船
これをあはれがりて、人々かへりにけり。

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ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti)の映画「ヴェニスに死す(Morte a Venezia)」は、ドイツの作家トーマス・マンの同名の小説(Der Tod in Venedig)を映画化したものである。この小説は、中年男の少年愛をテーマにしたものだ。トーマス・マン自身、少年愛の性癖があって、それを小説の中で吐露したと言われる。ルキノ・ヴィスコンティにも同性愛の傾向があったことはよく知られたことであり、彼もこの映画を通じて、自分の少年愛を吐露したのだと指摘されている。

粉河寺縁起絵巻:鎌倉時代の絵巻物

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(粉河寺縁起絵巻1、縦30.8cm、12世紀後半、粉河寺)

粉河寺縁起絵巻は、紀州粉河寺の本尊千手観音像の造立にまつわる縁起物語を絵巻にしたものである。12世紀の末近く、1170-80年代に成立したものと思われる。長大な一巻もので、火災によって巻頭部を消失し、また焼け焦げた跡が痛ましいが、なお美しい色彩をとどめている。先行の信貴山縁起絵巻と比べると、説話的な興味は薄いが、信仰の暖かさが伝わるとの評価が高い。

曽野綾子のコラムが投げた波紋

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作家の曽野綾子が産経新聞のコラムで主張した人種差別的な意見が大きな波紋を投げかけている。といっても、日本国内でというより、海外での話だ。日本のメディアは例によって反応が鈍く、海外での騒ぎが大きくなってから始めて取り上げたという次第だし、その取り上げ方も及び腰と言ってよいものだった。

オルガス伯の埋葬:エル・グレコの幻想

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エル・グレコは、スペインに渡ってきたそもそもの目的である宮廷画家になることには失敗したが、画家として失敗したわけではなかった。フェリペ二世の評価はもらえなかったが、トレドの大商人や大寺院の贔屓を得て、注文が山ほど舞い込んできたのである。大商人には自分や家族の肖像画を依頼された。大寺院には聖堂を飾る絵を依頼されたのである。

ジョン・ロールズが正義の概念を巡って展開した一連の議論は、とりあえずは、アメリカのリベラリズムといわれる政治的潮流に理論上の根拠を与えるという歴史的意義をもっていたといえる。だが、それにとどまらず、政治哲学の議論に新たな方向性を満ち込み、政治哲学全体を活性化させる役割をも果たした。20世紀の政治哲学、とくに英米圏のそれは、長い間功利主義の罠にはまりこんで、沈滞していたのであるが、ロールズの正義論によって、眼を覚まされたといわんばかりに、俄に議論が活性化したのである。

今日(2月19日)行われた衆議院予算委員会の審議の中で、安倍晋三総理大臣が民主党の議員の質問に対してヤジを飛ばしたことが話題になっている。そのヤジと言うのは、「日教組」というものだった。ヤジを飛ばされた民主党の議員は玉木雄一郎氏。氏は、いま問題になっている農水大臣の献金問題について質問していたのだが、その質問を遮るかのように、安倍総理がヤジを飛ばしたということだ。飛ばされた玉木氏は、「総理ヤジを飛ばすのをやめて下さい」と抗議し、それを受けて大島予算委員長も安倍晋三総理をたしなめたそうだ。

蒙古襲来絵詞:鎌倉時代の絵巻物

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(蒙古襲来絵詞:文永の役、縦約40cm、宮内庁蔵)

蒙古襲来絵詞は、文永十一年(1274)、弘安四年(1281)の二度にわたる蒙古軍襲来に対する日本軍の防戦ぶりを描いたものである。この戦闘に参加した肥後の国の御家人竹崎季長が、自分の軍功を中心に描かせたものであり、別名を「竹崎季長絵詞」ともいう。戦闘の状況や、蒙古及び日本軍の服装の細部まで事細かく描かれており、歴史上の資料としても貴重な価値を持っている。

精神病と人類:中井久夫の人間類型論

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木村敏は、分裂病(統合失調症)やうつ病などの精神疾患が、精神の正常な状態とは絶対的に断絶した精神の異常なのではなく、平均値(多数者の状態)からの相対的な逸脱なのだと主張した。だからといって木村は、誰もがそうした状態になるとは言わなかったわけだが、同じく精神病理学者である中井久夫は、人は誰でも分裂病やうつ病などの精神病になる可能性を秘めていると主張した。こうなると、精神疾患は精神の異常というよりは、精神状態のバリエーションの一つだということになる。そのバリエーションが、中間値から多少ずれているに過ぎない、というわけである。

伊勢物語絵巻六五段(在原なりける男)

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むかし、おほやけおぼして使う給ふ女の、色ゆるされたるありけり。大御息所とていますがりけるいとこなりけり。殿上にさぶらひける在原なりける男の、まだいと若かりけるを、この女あひしりたりけり。男、女方ゆるされたりければ、女のある所に来てむかひをりければ、女、いとかたはなり、身も亡びなむ、かくなせそ、といひければ、
  思ふにはしのぶることぞ負けにける逢ふにしかへばさもあらばあれ
といひて曹司におり給へれば、例の、この御曹司には、人の見るをも知らでのぼりゐければ、この女、思ひわびて里へゆく。

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ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti)の1951年の映画「ベリッシマ(Bellissima)」は、よくできたコメディ映画として評価が高いが、筆者のような一日本人が見ると、イタリア女性の逞しい生き方が伝わってきて、色々な面で圧倒されてしまう。ヴィスコンティは、処女作の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」でも、自意識の高い女を描いたが、この映画に出てくる母親は、世界は自分を中心に回っているといわんばかりの、積極的な生き方をしている。こんな女性は、日本人には絶対いないタイプだ。

平治物語絵巻3(六波羅行幸の巻)

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(平治物語絵巻:六波羅行幸の巻1、縦42.3cm、東京国立博物館蔵)

六波羅行幸の巻は、後白河上皇と二条天皇が、内裏での幽閉を逃れて平清盛の本拠六波羅に避難する場面を描く。清盛が熊野参詣で京を不在にしていた間に、藤原信頼らがクーデターを起こして上皇・天皇を幽閉したと聞いて、清盛は早速都に引き返して信頼、義朝の討伐に取り掛かった。そんな清盛を頼って、上皇と天皇とが六波羅に身を寄せる。これがこの巻のテーマである。

富岡製糸場を見て伊香保温泉につかる

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富岡製紙場の見物と伊香保温泉での昼食をセットにしたツアーを東武が募集しているというので、今子を誘って参加してみた。浅草発7時40分発の特急両毛号で太田まで行き、そこから観光バスに乗り換えて、ツアーコースを一巡する。富岡製紙場に着いたのは、10時半ごろのことだった。早速、ガイドの女性に案内されて、製紙場内を見物して廻った。

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スペイン国王フェリペ二世の依頼に基づいて書かれた二点の絵のうち、「聖マウリティウスの殉教」と題するこの絵は、エル・エスコリアル修道院の聖堂を飾る祭壇画のメインとなる絵であった。高さが4メートルを超えるこの巨大な絵を、エル・グレコは修道院の完成セレモニーにあわせる形で仕上げたのであったが、それを見たフェリペ二世は、これを修道院の聖堂に飾ることを許さなかった。人々の信仰を掻き立てるよりも、萎えさせるというのがその理由であった。

伊勢物語絵巻六三段(つくも髪)

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むかし、世心つける女、いかで心なさけあらむ男にあひ得てしがなと思へど、いひいでむもたよりなさに、まことならぬ夢がたりをす。子三人を呼びて語りけり。ふたりの子は、なさけなくいらへてやみぬ。三郎なりける子なむ、よき御男ぞいで来むとあはするに、この女、けしきいとよし。

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「郵便配達は二度ベルを鳴らす(Ossessione)」は、ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti)の処女作である。ヴィスコンティがこの映画を作ったのは1942年のことだ。この年は、第二次世界大戦の真っただ中で、イタリアはまだムッソリーニのファシスト党が支配していた。だがこの映画には、戦争の気配も、ファシストの存在も、まったく感じられない。まるで、同時代のイタリアではなく、どこか架空の国での出来事を描いているかのようだ。

平治物語絵巻2(信西の巻)

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(平治物語絵巻:信西の巻1、静嘉堂文庫蔵)

平治物語絵巻信西の巻は信西の最期を描いている。信西は仇敵信頼らによって上皇と天皇が内裏に幽閉されたと知るや、奈良に逃れようとするがうまくいかず、結局宇治田原の山中で自害する。するとその首は信頼方に奪われて、都にさらされることとなる。

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エル・グレコはスペインに来て間もなく、フェリペ二世から二点の絵の注文を貰った。造営中だったエル・エスコリアル修道院の礼拝堂を飾るための絵だった。もし、この仕事に成功すれば、エル・グレコにはスペイン王家の宮廷画家としての道が開かれるはずだった。エル・グレコがスペインに来た最大の目的はそのことだったのである。

マイク・サンデルの共通善

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マイク・サンデルは、ジョン・ロールズにおいて極限形態をとったと思われる自由主義的正義論に異議を唱え、共通善と言う伝統的な概念を改めて正義論に持ち込んだ。その際に彼が依拠したのは、アリストテレスの目的論的な見解である。アリストテレスの目的論的な正義論にあっては、個人の自由などということはそもそも問題にならない。個人というのは、共同体の一員としてしか存在しえないのであるから、正義とは、ロールズが言うように個人の選択の自由に根差すのではなく、共同体の一員としての望ましい在り方を示すということになる。正義とは、共同体全体の道徳的な目的と離れてあるものではないのだ。

平治物語絵巻1(三条殿夜討の巻)

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(平治物語絵巻:三条殿夜討の巻1、縦41.4cm、ボストン美術館蔵)

今日に伝わる平治物語絵巻は、十三世紀の後半に成立したと考えられる。「看聞御記」等の記述によれば、永享八年(1436)には、十五巻の平治物語絵巻と同規模の保元物語絵巻が、比叡山西塔に保存されていたという。だが保元物語絵巻は散逸してしまい、平治物語絵巻もその一部が残っているに過ぎない。即ち、ボストン美術館所蔵の「三条殿夜討の巻」、静嘉堂文庫所蔵の「信西の巻」、東京国立博物館所蔵の「六波羅行幸の巻」である。そのほか「六波羅合戦の巻」の一部が残片として何か所かに散在している。

時間と狂気:木村敏の精神病理学

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精神分裂病(統合失調症)、うつ病、癲癇は、精神疾患の三つの典型例とされてきた。これらの疾患の基本的な病因は、現在では脳の働きの異常であるとするのが主流的見解となり、したがって治療方法も薬物投与による脳の働きのコントロールが中心になってきつつある。これに対して、精神病理学者の木村敏は、単に脳の働きの異常に注目するのではなく、患者の生活史に光をあてる必要があると主張した。人間というものは、さまざまな経験を通じて、自己を作り上げていくものである。自己というものは、無条件な前提としてそこに存在するものではなく、作られるものなのである。だから、作られる過程が大きな問題となる。なぜなら、すべての自己が、望まれた鋳型にしたがって、順調に作り上げられるとは限らないからである。精神疾患として我々がイメージしているのは、この望まれた鋳型からはみ出てしまい、したがって通常の人間の自己とは異なったあり方を呈するに至ったものなのである。

銀座で豆腐を食う:梅の花にて

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昨年の三月に一緒に京都旅行をしたメンバーと新年会を催した。場所は銀座並木通りにある「梅の花」。豆腐料理を食わせる店で、あちこちに姉妹店がある。筆者が住んでいる船橋にもあって、何回か利用したことがあるが、味も雰囲気もまあまあなので、気に入っている。ここなら、こうるさい連中にも文句は無かろうと思って、選んだ次第だった。

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むかし、年ごろ訪れざりける女、心かしこくやあらざりけむ、はかなき人の言につきて、人の国なりける人につかはれて、もと見し人の前にいで来て、もの食はせなどしけり。夜さり、このありつる人たまへとあるじにいひければ、おこせたりけり。男、われをばしらずやとて、
  いにしへのにほひはいづら桜花こけるからともなりにけるかな
といふを、いとはづかしと思ひて、いらへもせでゐたるを、などいらへもせぬといへば、涙のこぼるるに目も見えず、ものもいはれずといふ。
  これやこのわれにあふみをのがれつつ年月経れどまさりがほなき
といひて、衣ぬぎてとらせけれど、捨てて逃げにけり。いづちいぬらむともしらず。

紅いコーリャン(紅高粱):張芸謀

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張芸謀の映画「紅いコーリャン(紅高粱)」は、中国映画を代表する傑作という評価が高い。しかしその映画が、露骨な反日映画であるということは、我々日本人にとっては、あまり愉快なことではない。この映画の中の日本人(日中戦争時代の日本兵)は、人間の心を持たぬ鬼畜のような連中として描かれており、その鬼畜どもに中国民衆が塗炭の苦しみと耐え難い屈辱を強いられたということになっている。しかも、この映画が作られたのは1987年のことであり、日中戦争の終結から40年以上も経っていた。日中両国の関係にとって、この歳月がどのような意味を持っていたのか、改めて考えさせられるところだ。

長谷雄卿草紙:鎌倉時代の絵巻物

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(長谷雄卿草紙:鬼と双六をする長谷雄卿、縦29.7cm、永青文庫蔵)

長谷雄卿草紙は、平安時代初期の文人紀長谷雄を主人公とする珍しい説話を絵巻にしたものである。説話の本分に相当するものは、文永7年(1270)に成立した「続教訓抄」にも出ている。この絵巻物はその後、14世紀前半に作られたと考えられる。五段の絵と詞書からなっている。

聖衣剥奪:エル・グレコの幻想

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スペインにやって来たエル・グレコは、トレドのサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂の祭壇衝立の制作に続いて、トレド大聖堂聖具室の祭壇画制作を請け負った。この絵は、その中心となるものである。

シリアへの渡航を計画していたカメラマンに対して、外務省の職員が旅券法に基づく旅券返納命令を行使し、このカメラマンから旅券を没収したそうだ。カメラマンは、抵抗すること無く旅券を返納したが、突然のことで戸惑っていると言い、また、渡航や取材の自由はどうなっているのかと、不満を漏らしているそうだ。

伊勢物語絵巻六一段(染河)

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むかし、をとこ、筑紫までいきたりけるに、これは、色好むといふすき者と、すだれのうちなる人のいひけるを、聞きて、
  染河を渡らむ人のいかでかは色になるてふことのなからむ
女、返し、
  名にしおはばあだにぞあるべきたはれ島浪のぬれぎぬ着るといふなり

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ロベルト・ロッセリーニ(Roberto Rossellini)の映画「神の道化師フランチェスコ(Francesco Giullare di Dio)」は、「アッシジのフランチェスコ」として知られる13世紀イタリアの聖人の半生を描いたものである。この聖人は、日本ではあまり馴染みがないが、キリスト教、特にカトリック教圏では絶大な尊崇を集めている。その聖人の布教の日々を描いたこの映画は、宗教一点張りというわけでもなく、フランチェスコとその布教仲間の人間的な面も描き出している。「神の道化師」という言葉は、そんな彼らの人間的な側面をあらわしたものなのかもしれない。

ISISがヨルダン人パイロットの捕虜を殺害したことに対する報復として、ヨルダン軍がISISに対する空爆を実施した。この空爆は、ヨルダンのアブドラ国王自らの指示に基づいて行われたようだ。アブドラ国王は、自国兵士が殺害されたことに対して、イスラムの伝統に従って報復せざるを得なかった、と言う事情が背景に働いていたらしい。このパイロットの家族の眼に、空爆に向う爆撃機の編隊を国王自ら示し、なされた非道に対して報復する意思を強調したという。そうすることで、イスラム国家の王としての、面子を保ちたかったのだろうと思う。

大口を開けた野獣?:CG4

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写真(NOAOから)は、とも座の方角にあるガスと塵からなる星雲CG4。1976年に発見されたが、最近その形や構成などが詳しくわかってきた。形については、その細長いさまから「神の手」などと言われ、またその先端部分は、野獣が大口を開けているようにも見える。この大口の部分の直径は1.5光年、全体の長さは8光年と推測されている。

吉備大臣入唐絵巻:鎌倉時代の絵巻物

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(吉備大臣入唐絵巻:一段1、縦32.2cm、ボストン美術館蔵)

吉備大臣入唐絵巻は、奈良時代の学者官僚吉備真備が、遣唐使として唐に渡った時の不思議な物語を絵巻にしたもの。物語そのものは大江匡房の「江談抄」に収められており、またこの部分だけを抜き出したものが「吉備大臣物語」として伝わっている。

ブラジルのリンチとインドのレイプ

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ブラジルでは、犯罪者に対する私的制裁、所謂リンチが非常に多いという朝日の記事(2月6日付朝刊)を感慨深く読んだ。犯罪を目撃した人々は、その場で犯人を取り押さえ、集団的に暴行を加える、といった事態がやまないのだそうだ。先日は、勢い余って無実の女性がリンチで殺された。33歳の主婦が誘拐の濡れ衣を着せられ、200人以上の人々から暴行されて惨殺されたというのだ。

聖母被昇天:エル・グレコの幻想

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エル・グレコがスペインに渡ってきたのは1576年のことで、最初に手掛けた仕事はトレドのサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂の祭壇衝立を作る事であった。この祭壇衝立は、当時のトレドの人々の度肝を抜くほど巨大なもので、七面の宗教画と五体の人物像の彫刻、そして建築的な装飾からなっていた。エル・グレコはこのプロジェクトの親方を勤め、自ら七面の絵を描いたが、それ以外は地元の建築家フアン・バウティスタ・モネグロにゆだねた。

マイク・サンデルの正義論

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マイク・サンデルといえば、一時期日本でも大流行したから、筆者も名前だけは知っていた。サンデルが流行した当時は、同じく政治思想家のジョン・ロールズも、サンデルとセットのようにして流行した。ロールズは、アメリカのリベラルの考え方を哲学的に基礎づけたと言われており、現代思想の流れの中ではそれなりの位置を占めていた。サンデルは、そのロールズの思想を高く評価しながら、その限界を指摘し、リベラルな政治思想に共同体的な要素を持ち込もうとした、というのが大方の批評だったように思う。

三十六歌仙絵巻:鎌倉時代の絵巻物

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(佐竹本三十六歌仙絵巻から小大君)

三十六歌仙は、藤原公任(966-1041)が選んだ男女三十六人の歌人たちのことをいう。その肖像画は、平安時代の頃から盛んに描かれるようになったが、現存するもので最も古いは鎌倉時代のものである。佐竹本と上畳本とが伝わっている。

自己の自己性:木村敏の自己論

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デカルト以来、人間の個人としての主体性をあらわす言葉として、「自我」という言葉が用いられてきた。「自我」という日本語は、無論西洋哲学の翻訳語であるが、内実としては、西洋哲学における「エゴ」に対応している。デカルトの言葉で言えば、「 je pense,donc je suis 」の「 je 」に相当する。

伊勢物語絵巻六十段(花たちばなの香)

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むかし、をとこありけり。宮仕へいそがしく、心もまめならざりけるほどの家刀自、まめに思はむといふ人につきて、人の国へいにけり。この男、宇佐の使にていきけるに、ある国の祇承の官人の妻にてなむあると聞きて、女あるじにかはらけとらせよ、さらずは飲まじといひければ、かはらけとりていだしたりけるに、肴なりける橘をとりて、
  さつき待つ花たちばなの香をかげばむかしの人の袖の香ぞする
といひけるにぞ思ひいでて、尼になりて山に入りてぞありける。

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ロベルト・ロッセリーニ(Roberto Rossellini)は、「無防備都市」と「戦火の彼方」でナチスドイツの非人間的な残虐性を描いたが、「ドイツ零年(Germania anno zero)」では、ドイツ人全体が、呪われた民族であるかのような描き方をした。この映画に登場するドイツ人たちは、戦争に敗れて生活を破壊され、みなひどい目に会っているが、それはほかならぬ自分たちに責任があるので、他人を非難するわけにはいかない。いわば自業自得なのだ。その上、この映画に出てくるドイツ人は皆不道徳な連中ばかりで、子どもが自分の父親を殺すようなことまでする。こんな忌まわしい光景を見せられたら、世界中どの国の人間でも、ドイツ人を憎まないわけにはいなかいだろう。そんなメッセージが、この映画からは伝わってくる。

ISISによる日本人人質事件への安倍政権の対応ぶりについて、さまざまな論調が飛び交っている。日本のメディアには、感情的に反応するばかりで、論理的な分析が伴わず、読むに耐えないものが殆どだが、海外の論調には、第三者の視点から、冷静に分析したものも見かける。その中で、筆者の目に留まったものを、参考のために引用したい。日頃保守的なスタンスをとっている Economist のものだ。

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(駒競行幸絵巻:後一条天皇出御の場面1)

駒競行幸絵巻久保惣美術館本で、東宮到着の場面の霞を介した先に描かれているのは、後一条天皇出御の場面である。高陽殿の神殿の南面に面して後一条天皇が坐し、寝殿南の池には龍頭の楽船が二艘浮かんでいる。画面全体が華やかな雰囲気に包まれ、競馬を迎える祝祭的な気分が伝わってくる。

受胎告知:エル・グレコの幻想

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受胎告知はキリスト教宗教画の中でも最も重要なテーマの一つであるから、エル・グレコもそれを繰り返し描いた。この作品は、エル・グレコがスペインに向かって出発する直前に描いたものとされる。

銀河の引っ張り合い:NGC7714

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写真(NASAから)は、魚座の一角にあるNGC7714銀河。銀河を取り巻くようにして、かたつむりのような形の渦巻き模様が見える。これは、銀河の周辺部のガス状物質が、他の銀河の引力に引っ張られてできたものだ。この画面には見えていないが、渦巻き模様の先端の方角に別の銀河があると推測される。その銀河はとりあえず、NGC7715と名づけられている。

伊勢物語絵巻五八段(色好みなる男)

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むかし、心つきて色好みなるをとこ、長岡といふ所に家つくりて居りけり。そこの隣なりける宮ばらに、こともなき女どもの、田舎なりければ、田刈らむとて、この男のあるを見て、いみじのすき者のしわざやとて、集りて入り来ければ、このをとこ、逃げて奥にかくれにければ、女、
  荒れにけりあはれ幾世の宿なれやすみけむ人の訪れもせぬ
といひて、この宮に集り来居てありければ、この男、
  葎生ひて荒れたる宿のうれたきはかりにも鬼のすだくなりけり
とてなむいだしたりける。この女ども、穂ひろはむといひければ、
  うちわびておち穂ひろふと聞かませばわれも田づらにゆかましものを

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「無防備都市」で反ナチスのレジスタンスを描いたロベルト・ロッセリーニ(Roberto Rossellini)は、翌1946年に連合軍とパルチザン部隊の対ナチス戦を描いた「戦火の彼方(Paisà)」を作った。連合軍によるイタリア制圧は、1943年7月9日のシチリア上陸から1945年5月のイタリア全土解放まで二年近くの期間を要したわけだが、それは、ナチスドイツ軍の反撃がすさまじかったからだ。この反撃に対して、イタリアのパルチザン部隊が連合軍と協力しながら立ち向かった。この映画は、そのパルチザン部隊の視点と、連合軍の視点とを交差させながら、正義は連合軍側にあり、不正義はナチスドイツ側にあると訴えたものだ。「無防備都市」もかなり政治的な映画だったが、この映画もそれに劣らず政治的だと言えよう。

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