眼には眼を:ヨルダンとISISとの報復の連鎖

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ISISがヨルダン人パイロットの捕虜を殺害したことに対する報復として、ヨルダン軍がISISに対する空爆を実施した。この空爆は、ヨルダンのアブドラ国王自らの指示に基づいて行われたようだ。アブドラ国王は、自国兵士が殺害されたことに対して、イスラムの伝統に従って報復せざるを得なかった、と言う事情が背景に働いていたらしい。このパイロットの家族の眼に、空爆に向う爆撃機の編隊を国王自ら示し、なされた非道に対して報復する意思を強調したという。そうすることで、イスラム国家の王としての、面子を保ちたかったのだろうと思う。

こんなことを聞かされると、筆者などは「眼には眼を、歯には歯を」という格言を思い出す。もともと聖書に出てくる言葉だが、いまではむしろイスラム社会の掟を象徴する言葉になっている。イスラム社会では、一旦不法行為がなされると、それに対する報復が必然化し、報復が新たな報復を次々と呼び寄せるという形で、際限のない連鎖が始まるといわれる。その連鎖は、この報復にかかわるメンバーの一方が絶滅するまで続く。

問題は、その報復の連鎖に、日本も首を突っ込んだ形になってしまったことだ。今のところ、日本は、アブドラ国王側に肩入れした形になっている。だから、今後の報復の連鎖の過程で、日本はアブドラ国王と運命を共にすることとなる。ISIS側は、道徳的な評価は別にして、「眼には眼を」で言い表される報復の連鎖においては、日本をアブドラ側のプレーヤーとして、認知し続けるであろう。ということは、ISISを絶滅させない限り、日本は、彼らとの報復の連鎖というゲームから、抜け出せる道がないということになる。

しかし、何故安倍政権は、というより安倍晋三首相は、アブドラ国王にこんなにまで肩入れしたのか。肩入れの結果が非常に重い事柄につながることを思えば、安倍晋三首相の言動には首を傾げさせられる。日本は、国の運命を託すべき程に、アブドラ国王にコミットし、ともにISISに敵対すべきだったのか。大いに疑問だと言わねばなるまい。






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