シリア渡航計画カメラマンへの外務省による旅券返納命令(没収)は妥当か

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シリアへの渡航を計画していたカメラマンに対して、外務省の職員が旅券法に基づく旅券返納命令を行使し、このカメラマンから旅券を没収したそうだ。カメラマンは、抵抗すること無く旅券を返納したが、突然のことで戸惑っていると言い、また、渡航や取材の自由はどうなっているのかと、不満を漏らしているそうだ。

今回のケースは、旅券法の規定にのっとって行われており、法律上問題はない。しかし、外務省のやり方が、このカメラマンのいうように、渡航の自由(移動の自由)や取材の自由(言論・表現の自由)といった憲法上の権利と齟齬をきたしていないかは、また別問題だ。そこで、あらためて、この法律の規定が憲法と抵触していないかどうかを探ることには、一定の意義があるだろう。とにかく、この規定が適用されたのは今回のケースが初めてというから、いっそう検討の意味はあるといえよう。

旅券の返納について、旅券法は、19条で次のように規定している。

第十九条   外務大臣又は領事官は、次に掲げる場合において、旅券を返納させる必要があると認めるときは、旅券の名義人に対して、期限を付けて、旅券の返納を命ずることができる。 
一   一般旅券の名義人が第十三条第一項各号のいずれかに該当する者であることが、当該一般旅券の交付の後に判明した場合 
二   一般旅券の名義人が、当該一般旅券の交付の後に、第十三条第一項各号のいずれかに該当するに至つた場合 
三   錯誤に基づき、又は過失により旅券の発給、渡航先の追加又は査証欄の増補をした場合 
四   旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合 
五   一般旅券の名義人の渡航先における滞在が当該渡航先における日本国民の一般的な信用又は利益を著しく害しているためその渡航を中止させて帰国させる必要があると認められる場合

今回、外務省職員は、四の規定を適用して旅券返納の手続きを行ったわけだ。この規定は、「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合」に、返納を命ずることができると規定しているわけだが、これが果して、憲法の権利規定と齟齬をきたしていないのかどうか、そこが当面の問題点となる。

憲法学の通説(主流の意見)では、憲法に定められた基本的人権を制約できるのは、公共の福祉上必要な場合だけだとされている。この公共の福祉でいう言葉でところの公共とは、個人に対立する公共と言うような概念ではない。つまり、公共というものがあって、それの都合が個人の権利に優先するということではない。では、どういうことかというと、ある個人が権利を行使することで、ほかの大勢の個人の権利が損なわれるような場合を想定して、このような場合には公共の福祉が損なわれないように、個人の権利を制約してもよいというような概念構成になっている。

この考え方を前提とすると、個人の権利は、それの行使が他の大勢の人々の権利を損なう恐れがある場合に、制約することができるということになる。国家権力は、ある一人の権利行使が、他の大勢の人々の権利を侵害する恐れがあると判断できる場合に、初めてそれを制約できるのである。というより、大勢の人々の権利が、ある一人の権利行使によって侵害される事態を防ぐために、公共の福祉と言う名目で、制約乃至介入を行える、あるいは行なわなければならない、と言う具合になっているわけである。

今回のケースに、これを当てはめるとどうなるか。法の規定は、「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要がある」と言っている。ということは、名義人が、それでも自分の責任において渡航したい、その結果自分の生命、身体又は財産が危うくなっても、それは自分の責任範囲内のこととして受け入れる、といったにしても、国はそれを認めないということだ。これは、名義人の生命・身体・財産を守る責任は国にあるわけだから、国の都合が名義人の希望よりも優先するのだ、と言っているに等しい。

これには、ちょっとおかしなところがある、と感じるのは筆者のみではあるまい。旅券法のこの規定は、公共の福祉というよりも、国の都合を前面に出したものと言わざるを得ない。本来、ジャーナリストの活動を制約するのは、国の任務ではない。といって、彼らの活動をバックアップする必要も無論ない。国は、ジャーナリスト等の活動が、(もし、そのようなことがあるとして)他の大勢の国民に差し迫った危害を及ぼさないように眼を光らせるだけで十分なのだ。それを、ジャーナリストの活動に先回りして、彼らの活動を制約しようというのは、公共の福祉の為ではなく、国の都合によるものと、受けとらざるを得ない。

このような事態が起こったのには、いうまでもなく、ISISによる日本人捕虜殺害事件が影響している。この事件の処理を巡っては、安倍政権が率いる国は、国民の前で面目ない役回りを演じることとなった。そこで、二度とこんな格好の悪い目に合わないためには、日本人を危険な場所に近寄らせないようにすることが、手っ取り早い方法だ、そう政権の人々や政府の役人たちが考えたとしても不思議はない。政権党たる自民党の幹部は、テロの犠牲になった日本人ジャーナリストの行為を蛮勇だと言って貶め、他の国民にはくれぐれもその後を追わないようにと、それこそ噛んで含めるように言い立てている。これは、国民を愚弄したやり方ではないのか。






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