春日大社、東大寺:奈良古寺巡り(一)

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余は奈良を訪問すること度々なれど、あはただしく通過すること多く、古寺を熟覧せしことほとんどなし。わすかに四半世紀前に、単身奈良を訪れ、古寺を経巡りては建築物やら仏像の類を巡覧せしことあり。その折のことどもは、かつて奈良観仏記にしたためたるところなり。

さて、余はこのブログを通じて日本の美術史を概観せるところなれど、そはもっぱら書籍の情報によるものなり。そのうち幾分は過去に実際に見聞せし折の記憶を盛り込みたれど、その記憶も日々に色あせるなれば、改めて見聞せんとの意欲高まり来れり。

昨年は京都を二度にわたり訪ね、神社仏閣の建築物やら庭園または仏像などを見物せるところなれど、こたびは奈良を訪ねんとの意欲頻りに沸き来るなり。されば、一人身の気楽さに荷物をまとめ、旅に出でんとは思ふなり。

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(春日大社)

三月九日(月)陰。東京駅八時〇三分発の新幹線ひかり463号に乗り、京都駅にてJR線ローカル列車に乗り換へ、十一時五十分頃奈良駅に到着す。直ちに投宿先のホテル・アジールに至り、荷物を預託す。このホテル、もと若草ホテルといひしなり。四半世紀前に宿泊せしことあり。

三条通の入口近くのやまと庵なる店に入りて昼餉をなす。関西風うどんと海鮮丼の組み合せなり。うどんは、微妙な出汁にてなかなか美味なり。隣席に女性の二人連れあり。愛嬌づきてかわいらし。しかも気が働くと見え、自分らの茶を淹れるついでに、小生にも給仕す。店員もなかなか好印象なり。旅先にてかかる人々と出会ふは、見物の効用に勝るといふべし。

食後、三条通を東へ歩き、一の鳥居をくぐりて飛火野の参道を歩むに、霊獣至る所に闊歩して道行く人の品定めをなす。手に煎餅を持ちたるものを見届けるや、いち早く接近して早くくれろとねだるなり。鹿に煎餅を与ふるものを見るに、そのほとんどは中国人なり。これに限らず、奈良公園内は中国人の姿ごったがえしたり。ややして春日大社本殿前に至る。今年より来年にかけ式年遷宮をなすといふ。ただし造営工事いまだ始まらず、神域内に立ち入ることを得たり。

ついで若草山の麓を過ぎて三月堂に至る。堂内、不空羂索観音の巨像を中心にして、梵天・帝釈天の両像、金剛力士の阿吽両像及び四天王像など、いづれも三メートルを超ゆる巨像ばかりにて、すこぶる迫力を感ぜしむ。名高き執金剛神像は秘仏として公開せられず。

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(東大寺二月堂)

隣の二月堂は、水取りの行事の準備中と思しく、寺男ら松明の手入れに余念あらざると見えたり。また堂内坊主の読経の声響き渡りてあり。松明の供養のための読経なるべし。

大仏殿内部は写真の撮影を許可す。境内修学旅行の高校生制服を着て飛び回りてあり。余もまた半世紀前の自分の姿を思ひだして、いささか感傷の気分に浸りたり。南大門の仁王像を見て後、戒壇院を訪ふ。ここは、四天王ばかりを安置するなり。三月堂の四天王に比すればやや小型にて、表情に鋭さあり。仕草もまた、こちらのほうが荒々しさを感ぜしむるやうなり。

戒壇院を出づる頃雨降り出す。また、右膝に疲労による痛みを感じたれば、県庁内の喫茶店に立ち寄りて小憩す。県庁舎は、小県らしく小振りのたたずまひなり。

四時頃チェックインをなす。シングルの部屋を予約せしがツインの部屋を割り当てらる。おほらかなる客あしらひといふべし。部屋に入るや早速、持参せしパソコンをインターネットに接続す。ランケーブルはホテルより借りることを得たるなり。

地下の大浴場につかり、脚の疲労を癒して後、近鉄奈良駅前のパサージュに面せる月日亭なる和食屋にて夕餉をなす。会席料理を食ひながら地酒を飲みぬ。







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