甲州石班沢:北斎富嶽三十六景

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「甲州石班沢」と題するこの絵は、ベロ藍だけを用いて印刷された。ベロ藍とは、プルシャンブルーという染料のことで、天保の初年に輸入され、瞬く間に普及した。ベロ藍のベロとは、プロシャの首都ベルリンのことである。

甲州石班(鰍)沢は、甲府盆地を流れる笛吹川と釜無川が合流して富士川となる地点にある。富士川は日本三大急流と言われるほど流れが速いことで知られるが、鰍沢のあたりではまだそんなに急な流れではない。にもかかわらず北斎は、怒涛逆巻く急流として描いた。人々が抱いている富士川のイメージを尊重したつもりかもしれない。

題名を無視して虚心に見ると、この絵は海岸を描いたように見える。ヨーロッパの北斎研究家には、これを海岸の風景と捉えたものもいたということだ。それほどこの絵は、勇壮な感じを見る者にもたらす。

流れに突き出した岩の上に一人の猟師が背をかがめながら立ち、流れに向かって四本の糸を投げている。この糸が、どんな用途のものなのか、北斎好きの間で物議を醸してきた。本物の猟師はこんな糸を使って漁をすることはない。第一、この猟師は、両足を揃えているが、こんなへっぴり腰では、糸に体をとられて流れに落ちてしまうだろうというのだ。たしかにそう言われればそうだ。

だが、そんな詮索を抜きにすれば、この猟師の頭を頂点とする三角形が、富士山の三角形と相似形をなし、構図上見事な効果をあげている。富士山の麓が、例によってぼかされているので、構図の効果がより一層強調されている。北斎の最高傑作の一つに数えられる所以だ。

なお、猟師の左隣に、小さな子供が比丘を守って座っている姿が、なんとも愛らしい。







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