甲州三島越、信州諏訪湖:北斎富嶽三十六景

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(甲州三島越)

甲州三島越とは、甲州から籠坂峠を越えて駿河の御殿場を経由し、伊豆の三島に至る街道筋を言う。地名ではなく、街道の旅路を指して言ったわけである。この絵は、籠坂峠を描いたものと言われる。

画面中央やや右手に巨大な杉を配し、その背後に富士を描いている。画面中央にこのようなものを描き入れては、画面を二つに分断することになり、構図としては失敗することが多いのだが、北斎はそれを逆手にとって、絵に独特の風格を与えている。それは、杉の背後に富士を重ねることで、画面分割の要素を弱めているためと思われる。

この富士は、凱風快晴や山下白雨と並んで、富嶽シリーズの中で最も形が大きい。しかし、そんなに大きさを感じさせない。恐らく、杉の巨大さが相殺効果を発揮しているのと、富士の山頂から麓にかけて、青、白、茶と大雑把に色分けしていることの効果によるのだろう。

三人の人物が杉の幹にへばりついて、手をつなぎ合っているのは、杉の直径の大きさを確認しているのだろう。何ともユーモラスだ。

なお、画面の左半分が、右半分に比べてさみしいにもかかわらずそう感じさせないのは、署名などの文字があるせいだ。北斎は、署名も絵の一部として活用していたのである。

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(信州諏訪湖)

信州諏訪湖は、栄泉や広重も描いており、当時人気のある観光スポットだった。雄大な湖面を中心にして、湖上を行きかう船、岸部に見える高島城などを前景に、画面奥手に富士の優雅な姿を配するというのが、好まれた構図だ。

ところが北斎は、いささか常軌に反するような描き方をした。真ん中手前に、出島のようなものをドンと描き、その上に二本の松と粗末な掘っ立て小屋を配置したのだ。これによってこの絵は、諏訪湖を描いているのか、手前の松が中心なのか、よくわからなくなる。しかも、この二本松のある風景は実景ではなく、北斎の空想によるものだというので、余計に彼の意図がわからなくなる。

この絵も、松によって場面が左右に分割されているが、何故かそれが不自然に感じられないのは、北斎の腕の冴えによるのだろう。







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