堤中納言物語を読む

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堤中納言物語は、現存するわが国最古の短編物語集であり、また、ショートストーリーズの祖形の一つとして、世界文学史上にユニークな地位を占める。10編の短編小説からなり、そのどれもが独特な味わいをかもし出す。物語の意外性や描写の細やかさなど、短編小説として優れたものが多い。そんなところから、21世紀のいま読んでも、新鮮さを感じさせる。日本文学史上の奇貨といってよい。

10篇の物語のそれぞれが、いつ、だれによって書かれたかについて、詳しいことは不明であるが、概ね、平安時代末期から鎌倉時代の前期にかけて、複数の人々によって書かれ、それらが一定の時期に一冊にまとめられたのだろうと考えられている。堤中納言物語という標題がそのときにつけられたか、あるいは後世になってそう呼ばれるようになったか、についても不明であり、いくつかの推測がなされているに過ぎない。

10篇の物語を比較考量すると、相互の類似や相違にもとづいて分類したくなる誘惑を感じる。おおまかに分類すれば、「このついで」「逢坂越えぬ権中将」「貝あはせ」のように王朝的なみやびをテーマにしたもの、「はいずみ」のように「伊勢物語」や「大和物語」同様の説話の形式をとっているもの、「花桜折る少将」「虫めづる姫君」のように猟奇性を押し出しているものなどに分けられよう。そして、王朝的な雰囲気の作品が平安末期に、猟奇的な作品が鎌倉時代に書かれたのだろうと推測される。

平安時代末に書かれたものには、物語合わせとの関連が指摘されている。物語合わせとは、貝合わせや根合わせと同様、宮中における遊戯の一種で、人々が二手に分かれてそれぞれ物語を披露し、その優劣を競うというものだ。遊戯の席上でのことだから、短いボリュームのなかにすぐれた趣向を盛り込んだほうが勝つ。そうした前提が、これらのいくつかの短編物語に独特のウィットを加えさせる推進力になったと考えるわけである。物語合わせからは大量の物語が生まれたと思われるが、それらは全くといってよいほど伝わっていない。その一部が、堤中納言物語のなかに取り入れられて、わずかに伝わったのだと思われる。

一方、「虫めづる姫君」に見られる猟奇性は、ほかに例を見ないユニークなものだ。猟奇性への趣味は、すでに平安時代末の今昔物語集に伺えるが、「虫」の猟奇性ははるかに常識の枠を超えた、意外なものだ。その意外性が、この作品に、日本文学史上独特の地位を与えるもととなっている。

ここでは、堤中納言物語所収の10篇の短編物語について、一つひとつ鑑賞していきたい。テクストには山岸徳平訳注「堤中納言物語」(角川文庫)を用い、管理人による現代語訳と鑑賞上のポイントを付した。





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