東海道品川御殿山ノ不二、甲州伊沢暁:北斎富嶽三十六景

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(東海道品川御殿山ノ不二)

御殿山は品川宿の北側にある小高い丘で、そこからは品川の海が一望できる眺めのよい場所であった。そこに、吉宗の時代に、吉野の山桜が移植され、江戸有数の桜の名所になった。この絵は、その御殿山の桜と、品川の海に浮かんだ富士を描いたものだ。

構図的には、画面の中心部に桜の花の輪を配し、更にその輪の中心に富士を収めている。非常に面白い構図といえよう。なお、この桜の花の様子は、本物の山桜とは大分異なっている。本物の山桜は、一本一本の木が、全体として花の塊のようになっているが、この絵の中の桜は、それぞれに伸びた枝の先にこじんまりと咲いている。題名に桜となければ、これが桜と思わぬ人が多いだろう。

丘の上では、人々が思い思いに寛いでいる。中には踊っている者もある。なお、この丘は、幕末に品川砲台が建設された時に、その埋め立て用の土砂をとるために削られてしまい、往時の面影を失ったという。

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(甲州伊沢暁)

甲州伊沢は山梨県石和のこと。今の石和は、東京近郊の温泉地だが、徳川時代には甲州街道の宿場町だった。この絵は、そんな宿場町の夜明けの様子を描いたものだ。

富士は朝焼けで赤黒くそまっている。その麓から笛吹川の川面にかけて朝靄が垂れ込め、朝靄に包まれた宿場町はまだほの暗い。そのほの暗さの中を、はや旅人が出発する様子が描かれている。旅人の多くが笠をかぶっているのは、あるいは雨を予想しているためか。

中景の靄の描き方が効果的だ。西洋画の伝統では、絵の中心部は最も視線の集まるところであり、したがって様々な技法を駆使して、自ずからそこが浮かび上がるように工夫するものだが、北斎はその部分を、空白で埋めた。この空白はただの空白ではない。人にものを考えさせる空白だ。というより空白であるからこそ、さまざまな想念を容れることができる、と言わんばかりだ。








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