ローマの休日(Roman holiday):ウィリアム・ワイラー

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1953年の映画「ローマの休日(Roman holiday)」は、何といってもオードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)を一躍世界的な大女優にした映画だ。とにかく彼女の人気は瞬間湯沸かし器のように沸騰し、世界中がその美しさと華麗さに見とれた。日本も例外ではない。というよりか日本人は、世界のどの国の人々よりもオードリーの魅力の虜となったといってよい。この映画は、そんなオードリーの魅力を十二分に映し出していた。さすがは映画作りの名手ウィリアム・ワイラー(William Wyler)のなせる技であった。

筆者がこの映画をDVDで見直す気になったのは、近いうちにローマへ旅行するつもりになって、ローマについての知識を事前に頭に入れておきたいと思ったからだ。この映画はそんな期待に違わず、ローマの名所を一通り紹介していた。ローマの名所案内としても、十分見るに値する映画である。

映画が紹介していたローマの名所は次の如くである。フォロ・ロマーノ、トレヴィの泉、スペイン広場、ロカ、コロセオ、ヴェネツィア広場、ポポロ広場、サンタンジェロ城、ヴァチカン等々。1953年といえばローマは戦災から完全に立ち直っておらず、この時期に作られたヴィットリオ・デ・シーカなどの映画では、街角に戦争の傷跡を思わせる場面が出てくるのであるが、この映画の中では、そういった様子は一切感じられない。陽気な映画にしたいというワイラーのこだわりが、そうした負の要素を映画から払拭させたのだろう。

陽気な映画なので、筋書きは至って単純だ。ローマを公式訪問した某国の王女が、宮廷暮らしにあきあきして、街中のアヴァンチュールが楽しみたくなる。そこで夜中に宮殿を抜け出して放浪しているところを、新聞記者のグレゴリー・ペック(Gregory Peck)と出会い、彼の部屋に一泊することになる。翌日この女性の身元を知ったペックは、女性と一日一緒に過ごして、それをゴシップ記事にしようと考える。こうして相棒のカメラマンも抱き込んで、三人がローマの街を舞台にユニークなアヴァンチュールを楽しむというのが、この映画の、筋書きと言えば筋書きなのだ。

映画の見どころはいくつもあるが、筆者が秀逸だと思ったのは、オードリーが街角の理髪店で髪を短くカットする場面と、「真実の口」の場面だ。王女役のオードリーは当初長い髪で登場するのだが、アヴァンチュールの一齣として髪を短くしたいと考える。そこでふと見かけた理髪店に入って髪を短くしてもらう。その髪が余りに見事なので、理髪師はカットすることを何度もためらう。それは映画を見ている我々も同じで、折角の美しくて長い髪をカットするのはもったいないと思うのだ。いかに映画の中のこととはいえ、オードリーも名残惜しい気がしたのではないか、そんなふうにも思えたのである。ところがWIKIPEDIAには、この映画のためのスクリーンテストの写真が公開されていて、それに映っているオードリーの髪は既に短くなっている。ということは、映画の中のオードリーの長髪は鬘だったのだろうか。

オードリーは当然カットの料金を支払うわけだが、彼女の持っている金は、ペックから貰った500リラで、それはドルにすれば1ドル半にすぎないということになっている。そこで筆者などは、たったの1ドル半で、カット料金を支払い、またそのすぐ後でジェラートが買ったりできるのかと、不思議に思えたのだが、よくよく考えれば不思議ではないのかもしれない。当時のイタリア・リラはドルに対して非常に低い為替レートに設定されていたはずで、それは1ドル360円という日米の当時の為替レートとほぼ同じ水準だった。当時の日本でも、500円あれば、結構な買物ができたはずだから(5円で紙芝居が楽しめ、ラーメン一杯30円で食えた)、この映画でオードリーが500リラで楽しんだというのも、あながち不自然ではない。

「真実の口」とは、サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の中にある石像で、像に大きな口が開いており、嘘をついている人がその口に手を突っ込むと抜けなくなると言われている。そこでオードリーとペックがかわるがわる口に手を入れる。オードリーは幸い抜くことができた。しかしペックの方は抜けなくなったばかりか、無理に抜こうとして手がもげてしまった。それを見たオードリーが恐怖のあまり悲鳴をあげると、ペックが背広の袖から手を取りだしてオードリーをからかう。というような、見ていてほのぼのとするような愉快な場面が展開する。

一日中一緒にアヴァンチュールを楽しんでいるうちに、オードリーとペックは互いに相手を愛するようになる。彼らはアヴァンチュールの仕上げとして、サンタンジェロ城近くのテヴェレ川に浮かぶ船上でのダンスパーティに出かける。そこで王女の行方を追っている秘密警察と大立ち回りを演じた挙句、川に飛び込んでずぶ濡れになったりする。

二人はずぶぬれの姿のままでペックの部屋に戻ってくる。王女はここで濡れた服を乾かし、それが乾いたら王宮に戻らねばならない。こうして、互いに後ろ髪をひかれながら、二人は別れるのである。別れもまた、娯楽映画の切り離し得ない要素であるから、と言った具合に。

ペックは結局、王女とのアヴァンチュールを記事にすることをやめる。彼女に対して芽生えた愛が、商売根性に打ち勝ったのだ。一方相棒のカメラマンには、そんな事情はなかったのだが、彼も友だちの気持ちを尊重して、折角撮った貴重な写真を売りこむことはしなかった。そのかわりにその写真を、ひと時のアヴァンチュールの記念として、王女へプレゼントするのだ。

こんなわけでこの映画は、ローマの名所案内をしながら、オードリー・ヘップバーンの魅力を十二分に堪能させてくれる、たいへん贅沢な作品といってよい。








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