中正記念堂ほか:アヒルの台湾旅行その四

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(中正記念堂)

六月廿一日(日)朝方八時にガイドの葉氏が迎えに来た。今日は中型のバスに合計13人が同乗するという。昨日の11人から2人が抜け、新たに4人が加わった勘定だ。そのうちの一組は夫婦もので、もう一組は若い女性の二人連れだった。昨日に引き続き同乗する4人は、年寄りの遊び仲間と見受けた。

まず行天宮に案内された。行天宮とは関帝廟の別名である。関帝廟は三国志の英雄関羽を祭るところだが、普通の信仰とは異なって、商売繁盛祈願を旨にしたものだ。日本でも横浜や神戸の中華街に存在する。

ついで中正記念堂を訪ねた。いうまでもなく蒋介石の銅像を安置したところだ。我々は開門の直前に到着したので、開門に続く朝一番の衛兵交代の儀式を見ることができた。

蒋介石は台湾の英雄だが、李登輝首相の時代には価値の格下げが起こって、一時は中正祈念堂の名称が台湾民主記念館の名称に変えられ、蒋介石の銅像も撤去されそうになった。その後国民党が政権に返り咲くと、その価値が再評価され、このように衛兵の儀をささげられるようにもなった。

ガイドの葉氏は蒋介石贔屓のようで、我々に向かって蒋介石を持ち上げて見せた。曰く、蒋介石はスターリンよりずっと偉いです、スターリンは日本の敗色が濃厚になると、日ソ不戦条約を破って一方的に参戦し、漁夫の利を得た、そのやり方は火事場泥棒と言うべきです、単に泥棒を働いただけではなく、日本軍から奪った武器を中共に横流しし、国共内戦を煽った、実に憎むべき人物です、一方蒋介石は、宿敵日本に対して寛大であった、膨大な数の中国人を殺され、国土を蹂躙されたにもかかわらず、日本に対して過酷な賠償を求めることがなかった、にもかかわらず、日本は田中角栄のときに、蒋介石から蒙った恩に仇で報いるようなことをした、蒋介石はそのことでショックを受け、死期を早めたのです、と。

葉氏の一族は、父親の代に蒋介石とともに台湾に渡って来たというから、葉氏の蒋介石への思いには、特別なものがあるらしい。

ついで御茶屋に案内され、茶を振舞われた。茶を振舞うのは名目で、目的は茶を買わせることにある。小生はこれまでの中国旅行で買い求めた茶が、いまだに沢山残っている状態なので、これ以上買っても無駄になると思い、ただ飲むだけにした。ほかのアヒルたちも、茶はもう沢山だという顔をしている。

時刻はまだ11時前だったが、食うのと逃げるのは早いほうがいいという葉氏の理屈から、早めの昼食をとることにした。場所は鼎泰豊である。昼にはまだ時間があるというのに、店の前には長蛇の列ができている。予約なしに来ると、最低でも40分は待たされるのだそうだ。我々はすぐに三階に案内され、小籠包のコースを食った。味はなかなかだったが、店の中が芋を洗うような混雑振りで、落ち着いて食っていられない。

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(忠烈祠)

昼食後、忠烈祠を訪れた。ちょうど12時の衛兵交代が行われるところだった。朝方中正記念堂で見た衛兵は白い軍服姿だったが、ここでは紺の軍服を着ている。白は海軍、紺は陸軍だそうだ。どちらの衛兵たちも、立派な体格をしている。選抜の条件が、身長175-185cm、体重75-85kgとなっているそうだから、立派なわけである。体格のわりに顔つきが幼く見えるのは、20歳から22歳の男子だからだそうだ。台湾は徴兵制が施行されていて、男子は20歳になると兵役につくことになっている。衛兵は兵士の花形であるから、もっとも美形の男子から選抜されるというわけである。

その後、免税店に案内された。エバーリッチといって、以前入ったことのある店だ。名称からして、航空会社の長栄(エバー)と関係があるのかもしれない。ここで静ちゃんアヒルが赤いバッグを買った。青いバッグと赤いバッグのうち、赤がいいよと言って勧めたのはほかならぬ小生だった。静ちゃんアヒルは、小生に背中を押されて赤いバッグを買ったけど、結果的によかったわ、と喜んでくれた。








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