北斎は、天保年間に何回かに分けて花鳥版画を刊行している。最初は、天保三年頃、横大判(B4程度)のシリーズを十枚刊行した。それらは、どちらかというと渋い色合いで、線を強調したものであった。
ついで、天保五年頃に、中版(B5程度)縦絵のシリーズを十枚刊行した。こちらは、先の大判横絵と比較して、色彩鮮やかであり、装飾性も豊かであった。恐らく、こちらの方が、当時の顧客により歓迎されただろうと思われる。
(翡翠・鳶尾艸・瞿麦)
これは、中版縦絵のうちの、「翡翠・鳶尾艸・瞿麦」である。背景を赤で上からぼかし下げ、左手上に鳶尾艸(しゃが)、その下に瞿麦(なでしこ)の花を配し、鳶尾艸の葉に翡翠(かわせみ)を絡ませている。
鳶尾艸の葉のゆらめきと、翡翠の体をひねった動きとが、この絵に独特の炉ズム感をもたらしている。
(文鳥・辛夷花)
これも背景を赤で上からぼかし下げ、辛夷(こぶし)の花とそれに絡む文鳥を配している。辛夷は花を強調するあまり、枝や葉は最小限度に省略されている。一方文鳥は、体をひねって画面に動きをもたらしている。
オブジェが、左上から右下にかけて斜めに配置され、残りの空間には文字を配することで、文字にもそれなりの役割を与えている顕著な例のひとつと言える。
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