内田樹「街場の戦争論」

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内田樹はいまの日本を二つの戦争の間の戦間期と位置づけている。「負けた先の戦争」と「これから起こる戦争」に挟まれた時期というのである。内田がそういうわけは、安部政権という戦争好きの政権をこのまま政権につけておいたままにおくと、かなりな蓋然性で戦争がおこると考えるからだ。内田は、長い目で見れば日本は民主主義と立憲主義の国として再建されるだろうが、「短期的には準―独裁的な政体が日本に出現し、戦後70年間続いてきた平和主義外交が終わるという見通しはかなり蓋然性が高くなってきました」と言って、日本の行末に非常に悲観的な見方をしている。

それで、日本がこれから戦争を始めるとして、どのような戦争をするだろうか。それについて考えるヒントを求めようというのが、この「街場の戦争論」と題した本の主要な問題意識である。

日本が新たな戦争を始めるにあたって、その意義や特徴について考えるヒントになるのは、日本が過去に行った戦争、中でも「負けた先の戦争」である。そこで内田の関心は、「負けた先の戦争」を日本がどのような理由で負けたのか、そして戦後の日本がその負けた理由をどのように反省して国家の再建を行ってきたか、ということに集中する。

この二つの問いは、同じことがらに帰着すると内田は考える。戦争に負けた理由について、日本人はいまだにその理由を明らかにすることが出来ていない、ということは、日本人は敗戦の原因を明らかにして、それを反省することが出来ないほど叩きのめされた、ということである。普通の国なら、戦争に負けたなら、負けた理由を徹底的に検証して、同じ過ちを犯さないように努めるものだ。そうして来るべき次の戦争では、決して負けないようにする、つまり今度は勝つように努力する。そういうものだ。

ところが日本人は、戦争に負けた理由を十分に検証しなかったし、したがってそれを新しい国づくりのために生かそうとすることもしなかった。その結果どういうことになったか。日本は、戦勝国アメリカにダラダラと従属することになった。その構図はいまでも変わっていない。日本は戦後70年たった現在でも、主権国家になっていない、アメリカの従属国のままである。

アメリカへの従属を深く内面化した人々が、今日の日本の政治の舵取りをしている。その結果、「アメリカの国益を損なう人間は日本の国益を損なう売国奴だという奇妙なロジック」がまかり通っている。内田はそれを非常に「変だ」と言うのである。

主権国家でないものが戦争を起こすとしたら、その戦争はどのようなものになるか。内田は詳しくはシミュレートしていないが、誰もが「変だ」と思われるようなものになるのは当然であろう。

日本が主権国家になりそこない、いまでも主権国家になれないのは、敗戦までの政体と現在の政体との間に深い断絶があるからだと内田は考える。同じ敗戦国でも、ドイツやイタリアそれに厳密にはフランスも、古い政体と新しい政体とは断絶していない。古い政体の中から、ヒトラーやムッソリーニやヴィシー政権に対立するものが現れて、彼らが中心になって新しい国づくりをした。だから、それらの国々の戦後の政体は、国民自身が勝ち取ったという擬制が成り立つ。それらの国々の新たなリーダーたちが、敗戦を徹底的に反省した上で、新しい国づくりを行った。つまりこれらの国々には、二つの政体をつなぐリーダーがいたということだ。

ところが日本には、そのようなリーダーがいなかった。それゆえに、敗戦について深い反省も行われず、国民自身で新しい国づくりをしようという動きも現れなかった。敗戦後の日本は、国の運営の根幹を戦勝国アメリカに丸投げしてしまった。こんな国に、国家としての主権がないのは当然のことだ。内田はそのように厳しく日本を批判するのである。

こんなわけで内田は、戦後の日本に厳しい見方をするのであるが、安部政権が好んで使う「戦後レジーム」という言葉については、安部政権とは異なった見方をしている。安部政権も戦後日本の政体の枠組たる日本国憲法がアメリカに押し付けられた他律的なものだったとする点では内田と同じような理解だが、その日本国憲法に象徴される今日の日本の民主主義的・立憲主義的な政体全体を戦後レジームとして克服されるべきものと捉えているのに対して、内田は、安部晋三のような男を二度にわたって総理大臣にするような、今の日本の変なあり方を戦後レジームと捉える。それは内田によれば、「主権のない国家が主権国家であるように振舞っている事態」をさすわけだ。

だから、安部晋三政権が対米従属をいっそう深めることこそ戦後レジームからの脱却だと倒錯的なことを平気で言うのに対して、内田は対米従属から脱して真の主権国家になることが戦後レジームからの脱却なのだと言うのである。

そんなわけでこの本は、安部晋三政権による戦争への前のめりな姿勢が露骨になる中で、一読に値する本だといえよう。








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