思はぬかたにとまりする少將(四):堤中納言物語

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あさましき事は、今の一人の少將の君も、母上の御風よろしきさまに見え給へば、「彼所へ」と思せど、「夜など、きと尋ね給ふ事もあらむに、折節なからむも」と思して、御車奉り給ふ。これはさきざきも、御文なき折もあれば、何とも宣はず。例の清季參りて、 「御車」 といふを、申し傳ふる人も、一所はおはしぬれば、疑ひなく思ひて、 「かく」 と申すに、これも「いと俄に」とは思せど、今少し若くおはするにや、何とも思ひ至りもなくて、人々御衣など著せ換へ奉りつれば、我にもあらでおはしぬ。

御車寄に、少將おはして物など宣ふに、あらぬ御けはひなれば、辨の君、 「いと淺ましくなむ侍る」 と申すに、君も心とくこゝろみ給ひて、日頃も、いとにほひやかに、見まほしき御さまの、おのづから聞き給ふ折もありければ、「いかで思ふとだにも」など、人知れず思ひ渡り給ひける事なれば、 「何か、あらずとて疎く思すべき」 とて、かき抱きておろし給ふに、いかゞはすべき。さりとて我さへ捨て奉るべきならねば、辨の君も下りぬ。女君、唯わなゝかれて、動きだにし給はず。辨いと近う、つととらへたれど、何とか思さむ。「今は唯さるべきに思しなせ。世に人の御爲あしき心は侍らじ」 とて、几帳押し隔て給へれば、せむ方なくて泣き居たり。これもいとあはれ限りなくぞ覺え給ひける。 

おのおの歸り給ふ曉に御歌どもあれど、例の漏しにけり。男も女も、いづかたも唯、同じ御心の中に、あいなう胸ふたがりてぞ思さるゝ。さりとて 又、もと疎にはあらぬ御思ひどもの、珍しきにも劣らず、いづ方も限りなかりけるこそ、なかなか深きしも苦しかりけれ。

「權少將殿より」とて御文あり。起きもあがられ給はねど、人目あやしさに、辨の君ひろげて見せ奉る。 
  思はずに我が手になるゝ梓弓ふかき契りのひけばなりけり
あはれと、見いれ給ふべきにもあらねば、人め怪しくて、さりげなくてつゝみていだしつ。

今一方にも、 「少將殿より」 とてあれば、侍從の君胸潰れて見せ奉れば、 
  淺からぬ契りなればぞ涙川おなじ流れに袖濡らすらむ 
とあるを、何方にもおろかに仰せられむとにや。返す返す唯同じさまなる御心のうちとのみぞ、心苦しう、とぞ本にも侍る。 

劣り優りけぢめなく、さまざま深かりける御志ども、はてゆかしうこそ侍れ。猶とりどりなりける中にも、珍しきは猶立ち優りやありけむに、見馴れ給ふにも、年月もあはれなるかたは、いかゞ劣るべき、と本にも、「本のまゝ」と見ゆ。

(文の現代語訳)
あさましいことに、もう一人の少将の君も、母上の風邪の様子がよろしいように見えましたので、「姉姫君のところへ」と思うのですが、「夜半に母上がお呼びになるかも知れぬ」と思って、お車をさしむかせました。その際この君は、これまでも手紙なしのことがありましたので、特に何ともおっしゃらない。いつもの使いの清季が参上して、「お車でお迎えに参りました」と言うのを、妹君の取次の女房も、もうひと方の姫君がお出かけになったところでしたので、疑いもせずに、「かく」と妹君に申し上げたのでした。妹君は、「ずいぶん急なこと」とは思いましたが、姉君よりも若くおわしたせいか、何とも無思慮なまま、女房たちにお衣を着せ変えてもらうと、うわの空でお出かけになったのでした。

車寄せに少将がおわして言葉をおかけになると、それが人違いのようなので、弁の君は、「とんでもないことです」と申し上げたのでした。少将もすぐお察しになり、妹姫を、日頃から、たいそう美しく見てみたくなるようなご様子だと、それとなく聞き及び、「なんとかして、こちらの思いを伝えたいものだ」と、ひそかに思っていたところでしたので、「なに、人違いだと言ってよそよそしくなさらないでください」と言いながら妹君を抱き下ろしたのでした。弁の君は、女の身としてどうすることもならなかったのですが、さりとて捨て置くわけにもいかず、一緒に車から下りましたところ、妹君は、ただわななかれて、動くこともなさらない。弁の君が近づいて、妹君の袖を掴んでいかせまいとしますが、少将の方はそれを何とも思いません。「今はもう、こうなる定めと思ってあきらめなさい。あなたのためにならないことはしませんから」と言って、几帳を押して弁の君を隔てなさるので、妹姫はどうしようもなくて泣いておりました。その様子が、少将の眼には、たいそうかわいらしく思われたのでした。

おのおのお帰りになられた暁に後朝の歌などもありましたが、いつものとおり聞き漏らしました。男も女もどちらの方も、同じ心でいらっしゃいましたが、女君たちには無性に胸がふさがる思いをなされました。とは言うものの、男君たちの思いが真剣でしたので、人違いとは申せ、どちらも限りなく素晴らしく思われましたのは、かえって心苦しいことではございました。

「權少將殿より」として、妹君宛に手紙が来ました。妹君は起き上がることもできないほど悲しまれていましたが、弁の君が人目をはばかって、それを姫の前に広げてみせました。
  思いがけず我が手に入った梓弓は、深い契が引いたからこそそうなったのでしょう
うれしいと思いながら読むべきものでもないのですが、人目もある事ですので、弁の君が返事を代筆し、さりげなく包んで取次のものに渡してやったのでした。

姉君の方にも、「少將殿より」といって手紙がありましたので、侍從の君が胸つぶれる思いでお見せすると、
  浅からぬ契があったからこそ、お二人のために袖が濡れるのでしょう
これはお二人のどちらに対しても愚かならずとおっしゃりたいのでしょう。それにしても、返す返すも、同じく悲嘆にくれておられるお二人の姫君の心のうちが、心苦しく思われる、と元の本にも書いてございました。

少将たちは、二人の姫君を優劣をつけずに愛されたということですが、この先どうなったか、知りたいものです。姫君たちそれぞれにとりどりの利点がある中でも、新しいほうが魅力があるようですが、古女房にも、年月を経た味わいというものがありますので、決して劣ることはないと、元の本にもございました。

(解説と鑑賞)
ついでこの部分では、右大将の少将が、姉君と間違って妹君と結ばれるいきさつを語る。権少将が姉君を手籠めにしている頃合いに、同じ邸の中で、妹君を迎えた少将が、わななく姫を手籠めにする様子がリアルに描かれている。

互に間違いから生まれたスワッピングだが、男たちのほうはそれを悪びれるわけでもなく、また、女たちもいつまで嘆き悲しんでいるわけでもない。そんなドライな平安男女の実像の一端を見るような一篇である。










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