花々のをんな子(二):堤中納言物語

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命婦の君は、 「蓮のわたりも、此の御かたちも、この御方など、いづれ勝りて思ひ聞え侍らむ。にくき枝おはせじかし
  はちす葉の心廣さの思ひにはいづれと分かず露ばかりにも」。
六の君、はやりかなる聲にて、 「瞿麥を床夏におはしますといふこそうれしけれ 
  とこなつに思ひしげしと皆人はいふなでしこと人は知らなむ 」
と宣へば、七の君したりがほにも、 
刈萱のなまめかしさの姿にはそのなでしこも劣るとぞ聞く 
と宣へば、皆々も笑ふ。 

八の君、「まろがきくの御かたこそ、ともかくも人に言はれ給はね
  植ゑしよりしげりしまゝに菊の花人に劣らで咲きぬべきかな」。 
とあれば、九の君、 「羨しくもおはすなるかな
  秋の野の亂れて靡く花すゝき思はむかたに靡かざらめや」。
十の君、 「まろが御前こそ怪しき事にて、くらされて」 など、いとはかなくて、 
  朝顔の疾くしぼみぬる花なれば明日も咲くはと頼まるゝかな」
と宣ふにおどろかれて、五の君、 「うち臥したれば、はや寢入りにけり。何ごとのたまへるぞ。まろは華やかなる所にし候はねば、よろづ心細くも覺ゆるかな 
  たのむ人露草ごとに見ゆめれば消えかへりつゝ歎かるゝかな」
と、寢おびれたる聲にて、また寢るを人々笑ふ。

女郎花の御方、 「いたく暑くこそあれ」 とて、扇を使ふ。 「いかに、とく參りなむ。戀しくこそおはしませ。
  みな人も飽かぬ匂ひを女郎花よそにていとゞ歎かるゝかな

夜いたく更けぬれば、皆寢入りぬるけはひを聞きて、
  秋の野の千草の花によそへつゝなど色ごとに見るよしもがな 
とうち嘯きたれば、 「あやし。誰がいふぞ。覺えなくこそ」 と言へば、 「人は只今はいかゞあらむ。鵺の鳴きつるにやあらむ。忌むなるものを」 といへば、はやりかなる聲にて、 「をかしくも言ふかな。鵺は、いかでか斯くも嘯かむ。いかにぞや、聞き給ひつや」。 所々聞き知りてうち笑ふあり。

やゝ久しくありて、物言ひやむほど、
  思ふ人見しも聞きしも數多ありておぼめく聲はありと知らぬか
「このすきものたらけり。あなかま」 とて、物も言はねば、簀子に入りぬめり。「あやし。いかなるぞ。一所だにあはれと宣はせよ」 など言へば、いかにかあらむ、絶えて答へもせぬほどに、曉になりぬる空の氣色なれば、 「まめやかに見し人とも思したらぬ御なげきどもかな。見も知らぬ、ふるめかしうもてなし給ふものかな」 とて、
  百かさね濡れ馴れにたる袖なれど今宵やまさり濡ぢて歸らむ
とて出づる氣色なり。例のいかになまめかしう、やさしき氣色ならむ。いらへやせましと思へど、「あぢきなく、ひとへこころに」とぞ思ひける。 

(文の現代語訳)
命婦の君は、「蓮の女院も、いまの方々のご器量も、とくにこのお方が優れているとか、どなたのことを優れているとか申し上げましょうか、欠点のあるお方はおられないですね」と言って
  蓮の葉のように広い心を以てしては、どちらがすぐれているとは、露ばかりも思われません
と歌いますと、六の君がはしゃいだような声で、「ナデシコを常夏だなんてすてきね」と言って
  常夏のように思いが長く茂っていると皆様おっしゃいますけれど、ナデシコは常夏のように栄えるものです
と歌い、七の君はしたり顔で、  
  刈萱のなまめかしい姿にはそのナデシコもかないませんと言います
と歌ったので、みんなも笑ったのでした。

八の君が、「わたしの菊の方こそ、人にとやかく言われたことがありません」と言って
  植えてから茂ったままにしてある菊の花が誰にも劣らず咲き誇るでしょう
と歌うと、九の君は、「うらやましくもいらっしゃいますね」と言って、
  秋の野に乱れてなびいているススキの花は、好きな方のほうへとなびくものです
と歌い、十の君は、「私のお方は、面白くない事情のために不本意に日を送っていらっしゃいます」と言って
  朝顔は早くしぼんでしまう花ですけれど、明日もまた咲くかと、期待されます
と歌いましたので、五の君がその声に驚いて、「横になっていたら寝入ってしまいました。何事をおっしゃったのですか。わたしのお方は華やかな人ではありませんので、とにかく心細いばかりです」と言って
  頼む人が露草の露のようにはかなく思えるようですので、その消えかかるさまが嘆かわしいのです
と、寝ぼけた声で歌いながら、また寝てしまったので、人々はみな笑ったのでした。

女郎花の御方を持ち出した女房は、「たいへん暑いですね」と言いながら扇をつかい、「では、はやく女郎花の御方のもとへ参上いたしましょう。恋しく思われます」と言って、
  誰にとっても飽きない匂いの女郎花から離れているのはたいそう嘆かわしいことです
と歌ったのでした。

夜がたいそう更けましたので、みな寝入りましたところ、誰かがその気配を察して
  秋の野に咲く千草の花にたとえられた人々に、ぜひお一方ごとにお会いしたいものです
と嘯いたのですが、それを聞いたものが、「へんですね、どなたが言われたのですか、気がつきませんでした」と言ったところ、他の女房が、「こんな時刻にどうして人が来ることなどありましょう。人ではなく鵺が鳴いたのでしょう。不吉なことですが」と言います。すると、また他の女房がはしゃいだ声で、「へんなことをおっしゃいますね。鵺がどうしてこんなふうに嘯くものですか。どうです、人が言ったのだと思いますが、お聞きになりましたか」と言いました。すると所々に、これを好色物の仕業だと知っているものがいて、それらがクスクスと笑ったのでした。

ややしばらくして、物言う声がやむ頃、また男が
  私の思っている人たちよ、あなたがたは私を見たことも聞いたこともたくさんあるのに、しらばくれているのですか、私がここにいることを知らぬ振りして
と嘯くと、女房たちの一人が、「あの好色者のようです、ああうるさいこと」と言って、それ以上相手にしないので、男は簀子の中まで入ってきたようです。「変ですね、どうしたのですか。お一人でもわたしを哀れとおっしゃってくださいな」などと男が言うと、どうしたわけか、誰も答えないうちに、夜があける空模様なので、「ねんごろにしあった男とも思わぬふりをしていますね、見たこともないような、古めかしいもてなしぶりですね」と言いながら
  何度となく涙にぬれた袖ですが、今宵はいっそう泣きぬれて帰ることにいたしましょう
と歌い、そのまま退出する気配です。それを聞いた女房の中には、「いつもながらのなまめかしい、やさしいご様子なのでしょう。返歌をしようかしら」と思った者もいましたが、「あじけない、こんなところで心のたけを見せるなんて」と思いなおしたのでした。

(解説と鑑賞)
姉妹たちがひととおり自分の主人を花にたとえて紹介した後、今度は歌を歌いながら主人たちの人品の品定めをする。ほとんどは、ほめ言葉の羅列だが、中には批評めいた言葉もある。

花づくしが一段落して、姉妹たちが眠りにつくと、好色者の男は、女たちの気を引こうとして、「秋の野の千草の花によそへつゝなど色ごとに見るよしもがな」と嘯くが、女たちは、鵺が嘯いたのだろうととぼけて相手にしてくれない。そこで、しびれを切らして簀子の中まで入っていったところ、女たちにいっそう疎まれる始末。そのうち夜が明け始めたので、「百かさね濡れ馴れにたる袖なれど今宵やまさり濡ぢて歸らむ」と未練がましい歌を残して去っていく。

女房の中には、男に返歌をしようかと迷うものもいたが、周りの目をはばかって慎んだという具合に、この段は姉妹たちと好色者とのあいだの、さらりとしたやりとりが、ユーモラスに描かれる。








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