はいずみ(二):堤中納言物語

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見れば、あてにこゝしき人の、日ごろ物を思ひければ、少し面瘠せていとあはれげなり。うち恥ぢしらひて、例のやうに物言はで、しめりたるを、いと心苦しう思へど、さ言ひつれば、言ふやう、 

「志ばかりは變らねど、親にも知らせで、斯樣に罷りそめてしかば、いとほしさに通ひはべるを、つらしと思すらむかしと思へば、何とせしわざぞと、今なむ悔しければ、今もえかき絶ゆまじうなむ。彼處につちをらすべきを、此處に渡せ、となむいふを、いかゞ思す。外へや往なむと思す。何かは苦しからむ。かくながら端つ方におはせよかし。忍びて忽ちにいづちかはおはせむ」 など言へば、女、「此處に迎へむとていふなめり。これは親などあれば、此處に住まずともありなむかし。年ごろ行く方もなしとみるみる、斯く言ふよ」と、心憂しと思へど、つれなく答ふ。 

「さるべき事にこそ。はや渡し給へ。何方も何方も往なむ。今までかくてつれなく、憂き世を知らぬ氣色こそ」 といふ。いとほしきを、男、 「など斯う宣ふらむや。やがてにてはあらず、唯暫しの事なり。歸りなば、又迎へ奉らむ」 と言ひ置きて出でぬる後、女、つかふ者とさし向ひて泣き暮す。 

「心憂きものは世なりけり。いかにせまし。おし立ちて來むには、いとかすかにて出で見えむもいと見苦し。いみじげに怪しうこそはあらめ。かの大原のいまこが家へ往かむ。かれより外に知りたる人なし」かくいふは、もとつかふ人なるべし。

「それは片時おはしますべくも侍らざりしかども、さるべき所の出で來むまでは、まづおはせ」 など語らひて、家の内清げに掃かせなどする心地もいと悲しければ、泣く泣く恥しげなる物燒かせなどする。

(文の現代語訳)
帰って元の妻を見ると、上品で子どもっぽい人が、日頃のもの思いのために、すこし面やつれして、たいそう可愛そうな感じがする。気後れしているようで、いつものように口をきくこともなく、沈んでいる様子なのを、たいそう気の毒には思ったが、新しい女の親にああ言った手前、こう話しかけた。

「あなたを思う志はかわっていないが、あの女のところには親にも知らせず通い始めたので、不憫に思って通い続けたが、あなたがつらい思いをしていると思うと、どうしてこんなことをしたのかと悔やまれるのだが、今となっては縁を切ることもできないでいる。あの家では土忌みをするので、その間こちらへ娘をあずかれといっているが、あなたはどう思うか。その間よそへ行こうと思うか。いや、何の差支えがあろうか、このままこの家の端のほうにいなさい。人目を忍んでどこへいくこともなかろう」。こう男が言うと、女は、「新しい女をこの家に迎えるつもりでこう言うのでしょう。その女は親がいるのだから、わざわざこの家に住むこともない。私にはどこへ行くあてもないことを知りながら、こう言うんだわ」と、つらい気持ちになるのだが、それは顔に出さずに、こう答えたのだった。

「いかにももっともなことです。早くお迎えなさい。わたしはどこへでも行きましょう。今までこうして、世の中のつらさも知らずに暮らしてこれたのは、あなたのおかげです」。 女のそういう様子が不憫なので、男は、「なぜそのように言うのか、そのままずっといるということではない。しばらくの間のことです。その女が帰ったら、またあなたを迎えよう」と言って、そのまま出て行った。その後で女は、侍女と差し向かいで泣き暮らしたのであった。

「つらいのは夫婦の間柄。どうしましょうか。先方が強引にやって来たとき、私がみずぼらしい有様で迎えるのも見苦しい。ひどくむさくるしいところではあるが、あの大原の今子の家へ行こう。あれよりほかに、頼りになるものはいない」 この今子というのは、以前召し使っていた女なのであろう。

「そこは片時もいられるようなところではありませんでしたけれど、ほかに然るべきところが見つかるまでは、ひとまずそこにおいでなさい」などと侍女と語らいあいながら、家の中をきれいに掃かせたりする。気分がたいそう悲しいので、泣きながら、人に見られては都合の悪いものを焼かせたりしたのだった。

(解説と鑑賞)
前節に続いて、男が新しい女をこの家に迎えなければならない理由を元の妻に告げる。その際、新しい妻がここにいるのは少しの間だから、このままここにいてもよいと男は言うのだが、元の妻はこのままここにいては夫の邪魔になるだろうし、新しい女に自分の惨めな姿を見られるのは耐えられないと思って、出て行くこととする。しかし、身寄りの乏しい身には、しかるべきところがない。そこで昔召し使っていたものの家を頼って身を寄せようと決意する。

ここが、伊勢物語の世界とは決定的に違うところだ。伊勢物語では、男は新しい女ができると、その女の家に通いつめ、元の女を返り見なくなるだけだ。ところでここでは、妻は家に迎えるものという前提になっていて、新しい妻ができた以上、古い妻は家から出さねばならない。この辺が、男女の婚姻関係をめぐる状況の劇的な変化を感じさせるところだ。そんなこともあって、この説話が作られた時代は、相当下るというふうに受け取れる。








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