青春残酷物語:大島渚

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大島渚の1960年の作品「青春残酷物語」は、興行的に成功し、「松竹ヌーヴェルヴァーグ」などと言われた。ヌーヴェルヴァーグと言うのは、フランス映画の新しい潮流のことで、前年の1959年に公開されたフランソワ・トリュフォの「大人はわかってくれない」やジャン=リュック・ゴダールの「勝手にしやがれ」などによって、一躍世界的な注目を集めていた。大島のこの映画はそれと比較されたわけだが、なぜか「日本」ではなく「松竹」のヌーヴェルヴァーグというところが愛嬌だったとも言える。

本場フランスのヌーヴェルヴァーグは、若者の新鮮な視点を通じて、同時代を批判的に描くことを特徴としていた。また、ロケを中心に映像を構成することで、同時代の都市生活の断片をドキュメンタリータッチで描き出すと言うような特徴も併せ持っていた。大島のこの映画でも、大学生と高校生のカップルを通じて、同時代の日本社会が批判的に描かれていたと言えるし、また、当時の東京の街の風景が、スナップショット的に映し出されていた。

ヌーヴェルヴァーグ的な画面作りの例として、冒頭に近いカップルのデートシーンが上げられる。前の日にあやうく中年男に強姦されそうになった高校生の女の子真琴(桑野みゆき)と、彼女を助けた大学生の清(川津祐介)が、映画を見た後東京湾で水遊びをするのだが、映画館の中では韓国の反政府デモの様子が映し出されており、映画館を出ると60年安保騒動のデモの様子が展開されている、という具合に、当時の世相をさりげなく描写している。また、東京湾では、プカプカと浮いた材木の上で、他愛ない追いかけっこをしているうちに、清が真琴を海に突き落とす。突き落とされた真琴は泳げないのなんどもおぼれそうになるが、清は彼女を助けようとするどころか、浮かび上がる彼女を足で蹴ったりと、ひどいことをする。しかも、彼女が疲れてぐったりしたところを材木の上に引き上げて、そこで強姦してしまうのである。

こんなシーンは、当時の日本人の目には、目玉が飛び出るほど新奇に映ったにちがいない。それでこそ、松竹ヌーヴェルヴァーグなどという、実体のはっきりしない言葉で形容されたのだと思われる。要するにわけのわからないという感情を、ヌーヴェルヴァーグと言う言葉に託したわけだ。これを日本ではなく松竹と結びつけたのも、批評家たちがまじめに考えていなかったことを物語っている。

この映画が描いているのは、新しい時代の新しい青春像だ。1960年と言えば、敗戦後の混乱からようやく立ち直り、高度成長に向かって序走をしている時期だ。若者たちの生き方にも、古い時代の因習的な束縛から逃れて、自由を謳歌しようとする姿勢が強まっていた。そんな変化を背景に、映画の世界でも、若者たちの新しい生き方をテーマにしたものが増えてきていた。石原裕次郎をキャスティングした一連の青春映画はその代表的なものだったといえる。

映画評論家の佐藤忠雄は、大島のこの映画を、石原兄弟の青春ものと比較して論じている。彼によれば、石原兄弟の世界が、ブルジョワのどら息子たちが金持ちの令嬢たちと繰り広げるお遊びの世界だったのに対して、大島のこの映画は、普通の庶民の若者の生き方を描いている。彼らは若いなりに自分たちの信念のようなものを持っているが、その信念どおりに生きるには、金が足りない。そこで、金を工面することが彼らの最大の関心事になる。庶民の若者は、身分不相応に振舞おうと思えば、背伸びをしなければならないわけだ。

そこがブルジョワのどら息子たちとは違うところで、その違うところが、普通の庶民である観客に、それなりに訴えたのであろう、と佐藤は評している。ブルジョワの絵空事は絵空事なりに、庶民の背伸びは背伸びなりに、それぞれ当時の観客に訴えるものがあったというわけである。

このカップルは、かなり危ないことをして金を作っている。女が中年男を誘惑し、中年男がその気になったところに男が現れ、中年男を恐喝して金を巻き上げると言うやり口だ。要するに「つつもたせ」というやつだが、徳川時代を思わせるこんな荒業が、1960年前後の日本でも滅びていなかったことに、当時の観客は複雑な思いをしたのではないか。

このつつもたせの荒業は、当然身の危険と隣り合わせなわけで、カップルの男女は警察に捕まってしまう。それだけならいいが、それがもとでやくざと悶着を起こす。清の逮捕に関連してやくざのチンピラもつかまったというので、清はやくざに因縁をつけられ、ついには殺されてしまうのだ。真琴のほうも、豚箱から出てきたところ、清との間がうまくいかず、やけになって見知らぬ男に強姦されかかり、これも非業の死を遂げることとなる。

こうしたわけでこの映画は、かっこよく生きようと思って背伸びをしている男女が、背伸びに失敗して自爆するという物語である。青春残酷物語という題名は、その自爆の残酷さを語っているわけである。







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