闘牛技( La Tauromaquia ):ゴヤの版画

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ゴヤの版画集「闘牛技( La Tauromaquia )」は、1816年に刊行された。そのときの体裁は、33点からなるセットであったが、もともとは44点作られた。そのうち、ゴヤ自身が33点に絞ったのである。その44点の全体像については、ためし刷りが残されている。ゴヤの死後、1876年に、フランス人によって新版が出されたが、それは7点を追加して40点からなっていた。残りの4点については、原版が永久に失われてしまったらしい。

この版画集のうちの何枚かは、1777年に出版され、1801年に再刊されたモラティンの著作「スペインにおける闘牛の起源と発展に関する歴史暦的解説」の図解として作られたものらしい。その後、対ナポレオン戦争が終わった1814年ころから版画の製作を再開し、1816年に刊行したというわけである。

ゴヤがなぜ、この版画集の製作に取り組んだか、いろいろな解釈がある。ひとつは、ゴヤの闘牛への愛である。ゴヤは若い頃からの闘牛ファンで、闘牛場へ足しげく通ったと言われている。そんな彼が、自身が目撃した闘牛の印象深いシーンをイメージの形で伝えたいと思った、というのがこの解釈の要諦である。

もう一つは、対ナポレオン戦争の終結を目にして、ゴヤの中には精神的な空白ができた。その空白を埋めるために、好きな闘牛を通じて情熱を掻き立てようとした、という解釈である。ゴヤは、対ナポレオン戦争の終結後も、「戦争と惨禍」の製作を続けていたが、それらのほとんどは、戦争の悲惨さとフェルナンド七世による王政復古への絶望感をテーマにしたもので、ゴヤの芸術精神を鼓舞するようなものではなかった。ゴヤは、自分の精神を鼓舞してくれるものとして、闘牛に望みをかけた、と解釈するわけである。

「闘牛技」には、「きまぐれ」における辛らつな批評精神も、「戦争と惨禍」における強烈な人間性も見られず、その意味ではマイナーな作品だといってよいが、闘牛士の勇敢な戦いぶりや、ぶつかりあう命の躍動感など、ゴヤならではのすぐれた描写を見て取ることもできる。

各葉は、縦約25センチ、横約35センチのサイズである。概ね、背景をできるだけ単純化して(空白のものが多い)、闘牛士と牛の戦いぶりに視線が集中するよう工夫してある。そうした場面からは、人間と野獣のぶつかりあいから生じる、悲劇的で残酷な要素が浮き出ている。








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