妄( Los Disparates ):ゴヤの版画

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今日「妄( Los Disparates )」という名で呼ばれる版画群は、ゴヤの晩年、おそらく「黒い絵」の製作と同じ時期(1819-1823)に作られたものと考えられている。主題はともかく、その雰囲気に共通性があるからである。すなわち、老い、死の苦しみ、迷信のむなしさ、悪の凶暴さといったテーマが、ここでも強調されている。これは、フェルダンド七世の王政復古がもたらした時代の閉塞性への絶望と、ゴヤ自身の老いと死の予感が、しからしめたのだと考えられる。

「黒い絵」がそうであったように、これらの版画群も公開を予定していなかったようだ。それゆえ、黒い絵同様、これらの版画にも、ゴヤの率直な気分が反映されていると考えてよいだろう。これらが公刊されたのはゴヤの死後、1864年になってからだ。王立サン・フェルナンド美術アカデミーが、18枚の作品を、「諺」という題名で出版した。この題名は、ゴヤ自身の指示にもとづくものではなく、アカデミーが勝手につけたものである。アカデミーは、これらの版画のそれぞれについて、それに対応する諺があるはずだという憶見からそう名づけたのであったが、すべての作品について、それに対応する諺を指摘できるわけではない、ということがわかってきた。

その後、1877年に、初版に4枚を加えた22枚の版画集が、「夢」という題名で、フランスで出版された。今日「妄」と呼ばれる版画集の決定版は、この22枚からなるセットである。だが、ゴヤが実際に製作したのは、それより多かったと推測されている。ゴヤ自身によるためし刷りに25番という数字が見られるからである。22枚を超える版画は、散逸してしまったものと思われる。

個々の版画が、どのようなことをテーマにしたものか、その全体像は明らかになっていない。わずかに何枚かのためし刷りにゴヤ自身が記したメモが残されているのみだが、それらも「女の妄」、「滑稽の妄」、「几帳面の妄」など、題名と思しきごく短い書き込みがあるのみである。今日、この版画集が「妄」と呼ばれるようになったのは、ゴヤ自身によるこの書き込みの言葉を尊重したものである。

個々の作品のサイズは、縦約24.5cm、横約35cmである。







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