鉄道員:降旗康男

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降旗康男の1999年の映画「鉄道員」は、生涯を鉄道に捧げた男の、職業へのこだわりを描いた作品である。職業にこだわる余りに、自分のプライバシーを犠牲にするような生き方は、かつての日本人に多く見られた。というより、そういう生き方のほうが人間らしい生き方として称揚されたものだ。今でも、一部の日本人には、仕事をプライバシーに優先させる人がいないでもないが、そういう生き方は少数派になってきつつある。この映画が公開された1999年というのは、仕事とプライバシーのバランスが逆転する分水嶺というべき年だったような気がする。

一人の人間をして、自分の生涯をこの仕事にかけようという気にさせるには、その仕事が自分の生涯に値するようなものでなければならぬだろう。そのためには、生涯雇用が保証されていることが前提となろう。いつクビになるかもしれぬような仕事に、人は自分の生涯をかける気にはならないものだ。この映画の中の主人公は、幸いにそういう仕事と出会って、それに生涯をかけてきた。そしてそれは確かに自分の人生をかけるに値するものだったと思うことが出来た。ある意味非常に幸福な人生だったと言えよう。

こういう生き方は次第に、日本の社会からなくなってきつつある。非正規雇用が蔓延するようになって、自分の生涯をかけるどころか、いつ何時その仕事からはじきだされるかもしれない不安を抱える人が増えてきた。そういう人達に向かって、自分の仕事に誇りを持てと言うのは、なかなかできないことだ。そういう時代になったからこそ、この映画の中の主人公の生き方は、時代の変化というものを感じさせる。

高倉健演じる鉄道員は、国鉄の機関手からスタートして、JR北海道の過疎地の駅長として、長い鉄道人生を終えようとしている。その彼の第二の人生を心配する仲間(小林稔侍)や同僚たちが、集まってきては色々と世話を焼こうとする。しかし彼には鉄道以外の仕事に従事することなど考えられない。鉄道と心中するくらいの気持ちでいる。そんな彼が、折に触れて自分の鉄道人生を振り返る。それは鉄道のために自分の生活を犠牲にしてまで職務に忠実たらんとした一人の男の生き方だった。彼は、やっと授かった一人娘が風邪で死んでしまったときにも、また、最愛の妻(大竹しのぶ)が死んだときにも、仕事の都合で死に目に会えなかった。そのことを思い出しては、心のうずくのを感じる。しかし、それは仕方がないことだったのだ。他にどうしようもできないことだったのだ。自分はポッポ屋だから。そう言って彼は自分を慰めようとする。自分で自分を慰めることなど、誰にも出来ないことなのだが。

そんな彼の前に、三人の少女たちが入れ替わりに現れる。その少女たちと接していると彼は心の洗われるのを感じる。ところがこれらの少女たちは、彼の死んだ娘の幽霊だったということがわかる。彼の死んだ娘が、父親を慰めてあげようと思って、5歳のときの姿、12歳のときの姿、17歳のときの姿(広末涼子)となって彼の目の前に現れたのである。このファンタスティックな挿話があるおかげで、この映画はただの感動映画であることを越えて、深みを持つようになったと思われるのだ。

自分の勤めている駅が、路線ともども、定年より前に廃止されることが決まる。彼の勤めている路線は、北海道の雪深い地帯を走る赤字路線なのだ。だから廃止されるのは致し方のない面がある。彼はその路線がせめて自分の定年まで動いてくれることを望んでいたのだが、先倒しで廃止されることを知って、ついに生きる気力を失ったとでもいうように、雪の降り積もったホームの上で死んで行くのである。その死に方は、鉄道に生涯をかけてきた男に相応しいものだったともいえる。実際彼の同僚たちは、彼の棺を列車の中に運び込み、彼が好きだった列車に乗せて、死出の旅に送り出そうとするのである。

こんなわけで、この映画はかなりセンチメンタルなのだが、高倉健の、あの独特の演技が冴えているおかげで、少しもいやみを感じさせない。







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