
ダンテとヴィルジリオがスチュクスの沼を船で進んで行くと、やがて一人の亡者が現れて船に乗ろうとする。その亡者をヴィルジリオは船に乗せじと、沼へ突き落そうとする。
この亡者の名はフィリッポ・アルジェンティ。フィレンツェの貴族で、ダンテに敵対する一味の一人であった。怒りやすい性格だったと伝えられている。
我等死の溝を馳せし間に、泥を被れるもの一人わが前に出でゝいひけるは、時いたらざるに來れる汝は誰ぞ
我彼に、われ來れども止まらず、然れ、かく汚るゝにいたれる汝は誰ぞ、答へていふ、見ずやわが泣く者なるを
我彼に、罰當の魂奴、歎悲の中にとゞまれ、いかに汚るとも我汝を知らざらんや
この時彼船にむかひて兩手をのべぬ、師はさとりてかれをおしのけ、去れ、かなたに、他の犬共にまじれといふ
かくてその腕をもてわが頸をいだき顏にくちづけしていひけるは、憤りの魂よ、汝を孕める女は福なるかな
かれは世に僭越なりしものにてその記憶を飾る徳なきがゆゑに魂ここにありてなほ猛し
それ地上現に大王の崇をうけしかも記念におそるべき誹りを殘して泥の中なる豚の如くこゝにとゞまるにいたるものその數いくばくぞ
我、師よ、我等池をいでざる間に、願はくはわれ彼がこの羹のなかに沈むを見るをえんことを
彼我に、岸汝に見えざるさきにこの事あるべし、かゝる願ひの汝を喜ばすはこれ適はしきことなればなり
この後ほどなく我は彼が泥にまみれし民によりていたく噛み裂かるゝをみぬ、われこれがためいまなほ神を讚め神に謝す
衆皆叫びてフィリッポ・アルゼンティをといへり、怒れるフィレンツェの魂は齒にておのれを噛めり
こゝにて我等彼を離れぬ、われまた彼の事を語らじ、されど此時苦患の一聲耳を打てり、我は即ち前を見んとて目をみひらけり
絵は、船にすがりつこうとするフィリッポを、ダンテが追い落とそうとしているところ。ダンテの左側に立っているのはヴィルジリオ、右手にいるのは船頭だろうか。
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