月世界旅行:メリエスの素晴らしき映画魔術

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映画を発明して始めて公開したのはリュミエール兄弟ということになっているが、映画を映像芸術かつ大衆娯楽として確立したのはジョルジュ・メリエスといえよう。仮にメリエスが現れず、リュミエール兄弟の段階で映画製作がとどまってしまったとしたら、映画が今日のように世界的な規模で発展することはなかっただろう。なぜかといえば、リュミエール兄弟の作った映画は、動く写真とでもいうべきもので、現実の世界の写像に留まっていたからだ。そうしたものに人間は、いつまでも高い関心を持続的に抱き続けるわけにはいかない。人間の高い関心を持続的にひきつける為には、ファンタジーの要素がなければならない。映画にそのファンタジーの要素を持ち込んだのがジョルジュ・メリエスなのだ。

メリエスはおびただしい映画を作ったとされるが、その代表作は「月世界旅行」だ。この映画は徹頭徹尾ファンタジーからなっており、まさに絵空事と言ってよいような世界を描いている。人間が大砲の弾丸のような形をしたロケットに乗って月まで飛んでゆき、そこで月世界の生き物と遭遇する。しかし彼らと仲良くなれなかった宇宙旅行者は、弾丸ロケットに乗って地球に戻ってくる。ごく単純なストーリーで、時間もわずか15分という短さだが、そこにはファンタジーのあらゆる要素が詰まっている。このファンタジーの要素が、映画を単なる動く写真から脱却させ、映画独自の世界へと飛躍させた最大の原動力だったのである。

「月世界旅行」の白黒フィルムはこれまで何点か保存されていたが、この映画には彩色版があったことがわかっていた。その彩色版のフィルムがスペインで発見されたのはいまから20年以上前だが、保存の状態が悪すぎて復元できなかった。ところが最近の技術の発展で、それを復元する試みが成功した。そこで、その復元の過程をたどりながら、メリエスが映画史上に果たした役割について考えるドキュメンタリー作品が作られた。2011年製作の「メリエスの素晴らしき映画魔術」である。このドキュメンタリー作品を見ると、映画史におけるメリエスの偉大な貢献がよくわかる。

この作品の狙いは大きく二つある。ひとつはメリエスの映画製作術の特徴を整理すること、もう一つは「月世界旅行」彩色版フィルムの復元作業を紹介することである。

メリエスの映画製作の特徴は、簡単に言えば、現実にとらわれず、人間の空想的なイメージを奔放そのままに表現することだ。そのために、映画が持っている独自の能力を最大限に発揮する。フィルムを操作することで、場面を重ね合わせたり、前後の順序を入れ替えたり、異物同士を合成したりする。そうすることで現実にはありえないようなファンタスティックなイメージが出来上がる。メリエスはもともと奇術師だったこともあり、彼のファンタジーには年季が入っている。現実の奇術では、観客の目を欺きながらファンタジーを現出させるところを、映画の世界では観客の目のとどかないところでファンタジーを合成できる。その映画の特徴を最大限発揮させて、メリエスは今見ても新鮮な画面を多数作り続けたわけである。

「月世界旅行」が作られたのは20世紀の初頭だが、その時点でカラー映画があったのは不思議に聞こえるかもしれない。ところがメリエスは、多数のカラー映画を作ったことで知られている。そのやり方と言うのは、白黒のフィルムに手で色をつけるというものだ。だから大変な根気がいるし、大量生産もできない。しかし色彩は思ったよりも鮮やかで、40年代以降の本格的なカラー映画と比べて大して遜色がない。日本では木下恵介が「笛吹川」にこの技術を取り入れたが、見ていていかにも付け焼刃的なぞんざいさを感じさせずにはおれない。ところがメリエスのほうは、まるでそんなことが気にならないほどうまく出来ているのだ。

そのカラー版の「月世界旅行」を始めて見た。大勢の若い女性たちに見送られて、年寄りの宇宙飛行士たちが大砲の弾のような形をしたロケットに乗り込む。宇宙飛行士たちはみな司祭のような服装をし、女性たちは水着のようなものを着ている。彼女たちはみな小柄だ。日本の女性とそう変らないのではないか。ただお尻だけは大きくて立派だ。その彼女たちに見送られながら、弾丸ロケットが大砲に装着され、合図とともにぶっ放される。弾丸は宇宙空間を真直ぐに飛んで行って、月の目玉に命中する。その場面がアップで映し出される。月は人間の表情をしていて、目に突き当たった弾丸をゴミのように厄介視している。

月世界の住人は、なぜか蛙のような姿をしている。日本人ならウサギを思い浮かべるところを、フランス人は蛙を思い浮かべるのだろう。その蛙の宇宙人と、地球の宇宙飛行士は仲良く出来ない。互いに相争う。当時は帝国主義全盛の時代だったから、国同士は相争うのが当たり前で、ましてや地球と月とが仲良くするなどとは思いもよらなかったのかもしれぬ。

宇宙飛行士を乗せて地球に戻ってきた弾丸ロケットが海に突入するところは、始めて現実に宇宙飛行をした衛星が地球に戻る際に海に降下したことの先駆けと言えよう。戦後の宇宙開発には、もしかしてメリエスが影響を与えていたのかもしれない。そんなことを思わせるシーンだ。






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