性倫理の系譜学:フーコーの性の歴史

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フーコーは「快楽の活用」の序文のなかで、計画を変更した後の「性の歴史」の構想について触れ、その第四巻には「肉体の告白」と題してキリスト教の性道徳の成立についての研究をあてることを予告していた。この計画はフーコーの死によって実現しなかったが、もし実現していたとしたら、それがどのようなものになったか、およその見当はつく。性について大らかな態度をとっていた古代古典ギリシャに始まり、結婚以外の場における性行為が次第に価値剥奪されてゆく帝政ローマ時代を経て、性そのものがついに禁止と抑圧の対象として形をとるようになった形跡をあきらかにすること、これがフーコーの目論見だったと思われるから、第四巻の内容は、もっぱら性が禁止と抑圧の対象となるその過程を抉り出すことに当てられただろうと思えるのである。

性が禁止と抑圧の対象として扱われるのは、近代ヨーロッパ社会をもっとも強く特徴づける事柄である。フーコーが当初、性の歴史を近代ヨーロッパ社会に限定して記述したのは、「性」の問題の核心は、性をめぐる禁止と抑圧を解明することにあると考えたからであった。ところがその考えを途中から変えたのは、「性」現象は、近代社会に特有の問題だと片付けるにはあまりにも根が深いと感づいたからである。近代ヨーロッパ社会の性についての問題構成全体は、近代ヨーロッパのエピステーメーの一要素として、特定の時代に限定して論じるには、あまりにも深くて広い。何故ならそれは、エピステーメーという言葉が連想させるような、人間の認識の範囲に収まるような事柄ではない。それは身体である人間の生き方にかかわる事柄である。こうした発見がフーコーをして、古代古典ギリシャ時代にまで遡って、性を考え直す姿勢をとらせたのだと思う。

とはいっても、性の問題についての研究領域をあまり拡散しすぎるのも良くない。というのもフーコーにとって性の問題とは、近代人ヨーロッパ人としてのフーコーにとっての問題なのであり、その問題構成の中心にはやはり、性に対する禁止と抑圧という事柄がある。そうした事柄の中でも、フーコーにとって最も中心的なものは同性愛に対する禁止と抑圧だった。同性愛への禁止と抑圧を中心として、性愛に対して抑圧的な文化がどのようにして形成されてきたか、それを見極めるのがフーコーの問題意識の中核となった。つまりフーコーは、近代ヨーロッパの性倫理の系譜学ともいえるものに立ち向かおうとしたのだ。

それ故、フーコーの新たな性の歴史の構想は、ニーチェの道徳の系譜学の応用としての面を指摘できる。ニーチェはヨーロッパの同時代人の道徳に対して、それが時間を超越した普遍的な原理などではなく、歴史的な起源を持っているということ、その歴史的な起源とはキリスト教の成立を指し、キリスト教のなかの奴隷的な価値観がすべてのヨーロッパの道徳の起源なのだということを明らかにしたわけだが、フーコーもそのひそみにならって、近代ヨーロッパ社会における欺瞞的な性倫理は、キリスト教の奴隷的な価値観に起源を有しているということを言いたかったのであろう。

ところでフーコーのエピステーメーの概念は、歴史的アプリオリとして人間の認識を制約するものであった。フーコーはこのアイデアをやはりニーチェの系譜学から学んだわけだが、ニーチェがヨーロッパ社会の道徳の起源をキリスト教の成立という歴史的な事態に求め、従ってその起源を一回限りの出来事として捉えていたのに対して、フーコーのエピステーメーは、何度も繰り返して更新される。しかも前後のエピステーメー相互のあいだにはなんらの連続性も見当たらない。新たなエピステーメーは、それまでのエピステーメーとはまったく違う脈絡のなかで、いわば突然変異のように生成する。このエピステーメーは、同時代のあらゆる知の領域を覆うものとして、人間のすべての認識作用を制約する。その制約の力はカントのアプリオリと全く同じ性格のものである。違うのは、カントのアプリオリが時間を超絶した普遍的な枠組とされているのに対して、これは歴史的アプリオリと言われるように、時間的に限定されたものとして捉えられていることだ。

ところがフーコーは、性の問題領域に関しては、当初こそ時間的に限定されたもの(エピステーメーの一領域)として扱っていたが、途中から考えを変えて、少なくとも近代ヨーロッパ社会における性倫理の起源を、キリスト教の成立という一回限りの出来事に求めたわけである。この一回限りの出来事として起った性倫理の新たな確立が、その後のヨーロッパ社会を呪縛し続けている。そのようにフーコーは考え直したと思われるのである。

その理由は、ひとつには、上述したように性が認識作用の対象であるばかりでなく、身体としての人間の生き方にかかわるものだと考えたからであろう。この生き方をフーコーは<生存の技法>とか<自己にかんする技術>とか言っているが、要するにエピステーメーという概念で限定できるような移ろいやすい事柄ではなく、人間の本質にかかわる事柄だと考えたに違いない。フーコーは一方では、人間という概念も時間を超越した普遍的なものではなく、時間の様相を帯びた限定的なものだというような言い方をしているのだが、従って<人間の終焉>というようなショッキングな言葉も弄しているのであるが、それでもキリスト教が成立した時代から今日までの、かなり長い時間的スパンにわたって不変であったようなものもあった。それは超俯瞰的には、時間的に限定されたものとして見えるが、有限な人間の目には、あたかも時間を通じて変らないものとして映ることもある。それは人間にとって、避けられない制約のひとつのあらわれだ。

以上のようなわけで、もし性の歴史の第四巻が構想どおりに書かれていたら、読者はその本を通じて、フーコーの性倫理の系譜学を体系的に理解できただろうと思われる。フーコーは、性を禁止と抑圧の対象として捉える近代ヨーロッパの性倫理の直接の起源をキリスト教の成立に求めつつ、それに先立つ古代古典ギリシャの時代とそれに続く帝政ローマ時代の性についての人々のかかわり方を、それへの助走として捉えた。そのように言えるのではないか。そうすることでフーコーは、「禁止事項をもとにして書かれるかもしれない道徳体系の歴史のかわりに、自己の実践をもとにして書かれる倫理的問題構成の歴史」(「快楽の活用」序文、田村俶訳)を提示することができると考えたわけであろう。

関連サイト:フーコーを読む 





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