山陽紀行(その二):尾道の旅館魚信

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(尾道の旅館魚信)

三時半頃福山駅に戻り、山陽本線に乗りて尾道に至る。列車は尾道市街に入りて海岸沿を行けり。左手に日立造船所の工場を見る。これは尾道市街とは狭隘なる海峡を隔てたる向島の造船所にて、これを目にしたるときは先日見し映画「故郷」の一齣を思ひ出しぬ。

今夜の投宿先は魚信なる和風旅館にて尾道駅より海岸沿に東へ十五分ほど歩みたるところにあり。戦前より営業しをる由にてインターネット情報にて探せしところなり。案内を乞ふて部屋に通さるるに、二階の八畳間は直接海に接してあり。窓の外には向島の光景広がり、向島と尾道市街を隔つる狭き水道には様々な意匠の船のんびりと行きかひてあり。

仲居は六十前後と思しき老女なれど極めて愛嬌よし。対面一番旦那方はいづこより来れるやと言ふ。東京本面より来れるなりと言ふに、それは大変でしたでせうと言ふ。別に大変なことは無いよ、新幹線に乗れば四時間足らずで運んでくれるからね、さう言ふと、旦那方はなかなか口達者とお見受けしますと言ひながら、四方山話を始めたり。

この宿は戦前よりある古い旅館でございまして、映画の舞台としてもたびたび紹介されました。新藤兼人監督の「裸の島」にも出て来たのでございますよ。かういふので、余はこの映画を先日見たるばかりなれば、いかなるシーンに出てくるやと問ふに、乙羽信子さんが尾道の料亭に肴を売るシーンが出てまゐりますが、その料亭といふのがここなのでございます、と答ふ。さうか思ひ出したよ、たしか乙羽信子と殿山泰司の夫婦が、倅どもが釣った鯛を尾道の料亭に売らうとするシーンが出てきた。それがこの魚信だったわけだ。そう言ふに老女口元をほころばせ呵々と笑ひたり。(実はこれは仲居の勘違ひにて、件の料亭とは隣近所の竹村家といふ料亭なり)

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ところでこの部屋は海に面してなかなかの風情あり。風情あるは良しとして、硝子戸の下なるこの表示は何ぞや、表示には「海に転落する恐れがあります。注意して降りてください」と書かれてあり。注意するはともかく、海に転落するなと言ふからには、ここより海に転落せる者多くゐたにちがひない、そんなに多くの粗忽者が居たのかね、さう聞きただしたるところ、ここは今頃の季節になりますとアサリがよくとれるのでございますよ、そこでこの戸から直接海に下りてアサリを取るお客さんが結構をるのでござります、といふのもここから海に出るにはこの戸から飛び降りるほかないからでございます、その中には足を踏みはずしておぼれるお方もござりましたので、このやうなる注意をしをるのでござります、とのことなり。

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一風呂浴びて後夕餉をなす。食事は部屋出しなり。鯛の刺身、メバルの煮付け、季節の菜を出されたるのち、オコゼの茶碗蒸しやら野菜の天ぷらやら次々と給仕せられ、仕上げにはうに丼を供せらる。なかなか美味なり。この旅館は建物はかなり傷みをれど食事はいふことなし。翌日は朝食に鯛の味噌汁を供せられ、夕餉にはシマアジの刺身、オコゼの煮こごり、牛肉の和風ステーキのほか仕上げにはいくら丼を供せらる。三日目の朝餉には大振りのアサリを用ゐたる味噌汁を出され大いに満足したり。

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(部屋にて寛ぐ壺齋散人)





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