マルタとマリアの家のキリスト:フェルメールの女性たち

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フェルメールが故郷デルフトの画家組合に入会を許されたのは1654年の暮れのことだ。その時フェルメールは弱冠22歳だった。まだ本格的な製作を始めていなかっただろうと思われる。彼のもっとも早い時期の作品は、「マルタとマリアの家のキリスト」と題したこの絵であるが、これは画家組合への入会前後に描いたと考えられる。

面白いのは、フェルメールがこの作品を歴史画と言っていることだ。一見歴史画には見えないが、それを何故フェルメールは歴史画と主張したのか。そのことを理解するには、この時代における絵画への人々の評価について知る必要がある。この当時のフランドルの人々にとって、絵画のうちで最も価値の高いものは歴史画であって、風俗画や肖像画は一段と価値の低いものとみなされていた。したがって画家としての高い名声を獲得する為には、歴史画の大家という評判をとらねばならなかったし、大体画家組合に入会を許される為にも、歴史画の名手と認められねばならなかった。それ故フィルメールは、おそらく自分にとっての最初の絵画作品となるこの絵を、歴史画と主張したかったのだと思われるのである。

歴史画といっても、今日の我々が想像するような歴史を描いた作品ではない。ここで対象となる歴史には、聖書に記された人類の歴史も含まれる、というよりそれこそが真性の歴史と思われていた。それゆえ、優れた歴史画は、聖書の記述に題材をとるのが普通だったのである。

フェルメールのこの絵にも、聖書の中で記述されている出来事が、歴史の一こまとしてモチーフとなっているわけだ。もとになっているのはルカ伝のなかのエピソード。キリストが市場に出かけると、マルタという女に出会い、彼女の家に連れてゆかれる。家には彼女の妹のマリアがいた。マルタがキリストをもてなそうと台所で働いている間に、マリアのほうはキリストの話に聞き入って手伝おうとしない。そこでマルタがマリアをたしなめると。キリストがマルタに向かって言う。「あなたはマリアから必要なものを奪ってはならないと」。必要なこととはキリストの口から神の国の事柄を聞くことだというのである。

絵は、マルタがキリストのもとへパンを持ってくるところに、キリストがマリアを指差しながらマルタに話しかけている様子が描かれている。キリストの表情はマルタの気持を静めているように見え、マリアのほうは、低い台に腰をかけてキリストの話に熱心に聞き入っている。

マルタの頭を頂点にした三角形の構図が画面に安定感をもたらしている。赤とグリーン、茶と青の補色対比を強調することで、色彩のコントラストが際立って見える。

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これは、マルタの表情を拡大したもの。キリストから話しかけられたことで、不満が和らぎ、心が落ち着きをとりもどしてゆくさまが感じられるようである。(カンヴァスに油彩 160×142cm エヂンバラ国立美術館)






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