闇夜漁舟図:蕪村の世界

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「闇夜漁舟図」は、水墨で闇夜を表現しながら、わずかな光を強調することで、独特の効果を演出している。光は、舟の上のかがり火から立ち昇る煙と、遠くに見える家の中からもれる灯りで表現される。煙はそれ自身が光を発するように見え、その光に浮かび上がった木の部分だけが、色彩を持っている。

こんなわけでこの絵は、光の表現に持ち味がある。かがり火から発した光が、水に反射して舟の姿を浮かび上がらせ、その舟に乗っている親子の姿を垣間見せる。子どもが舟を漕ぎ、父親が網をかけているが、こうした生活を感じさせる人物の描き方は、蕪村の大きな特徴の一つである。

全体が墨の濃淡で表現され、闇の深さを感じさせる工夫がなされている。右上に「謝春星写老夜半亭中」とある。(130.2×47.2cm 絹本墨画淡彩)

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これは、舟の部分を拡大したもの。光に照らされた部分だけに色彩が施されているのがわかる。特に、かがり火の煙があたって木の部分は、暖かさを感じさせる色合いになっている。親子は闇から浮かび上がるように描かれているが、決して背景から逸脱していない。ほんわりとした描き方である。






コメント(1)

壺斎様
蕪村は、蕉風復興に努力した俳人である。常に芭蕉の句を口ずさんでいたという。口ずさまない日があると、口に茨(いばら)ができるようで気持ちが悪いと言っていたそうだです。京都の都に住んでいた蕪村を訪ねて、多くの俳人、文人が集まったようだ。名古屋の俳人加藤暁台や良寛の父である越後の俳人山本以南もその一人であったようです。
蕪村の句は雄大、明るく穏やかにして優美、美しい風景をみるようです。やはり一級の絵師であったことは疑う余地がない。
蕪村の臨終の句の一つに
しら梅に 明くる夜ばかりとなりにけり
といわれている。臨終なのになぜか明るい。

「闇夜漁舟図」はほのぼのとした蕪村の人柄がにじみ出ている絵だと思う。
網を入れる父、竿を操る子をかがり火が明るく照らし出している。このかがり火の煙は何処へたなびいているのだろう。母が待つ我が家(上の方にあかりが灯っている)へ向かっているのだろうか。ポエジーを感じさせてくれる。
右上の「謝春星写老夜半亭中」はどのように解釈したらいいのだろう。俳号の夜半亭と絵の雅号が一緒になっているとして、俳句の世界を絵にしたのだと蕪村はにやっと笑っているかも。
この絵は夜なのに何故か明るい、臨終の句でさえ明るいのだからと思ってしまうのだがいかがでしょうか。
2016/7/6 服部

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