ロシアが北方領土を返すとしたら

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安倍晋三総理大臣がロシアのプーチン大統領と会談し、北方領土の返還を含む平和条約の締結に向けて交渉を加速することで一致し、今年中には日本で両者の会談を行うことで合意したというので、日本のメディアには、あたかも北方領土の返還が現実味を帯びて来たかのように伝えるものもある。その通りだとしたら大いに結構なことだし、もし安倍晋三総理が北方領土の返還に筋道をつけることができるのなら、日本の歴史に大きな足跡を残すことになるだろうと筆者も思う。しかし、ことはそう簡単ではない。日本のメディアには、現実と希望的観測をごっちゃにする点で、一部の政治家と変わらぬ者があるが、現実をわきまえぬ希望的な観測は、ただの幻想に終わるだけだ。

実際プーチン大統領は、北方領土(クリル諸島)で取引はしないと言っているし、金で売ることもないと明言している。その立場を踏まえながら、北方領土を日本に返還するには、それ相応の理屈がいる。この問題は、単なる取引の問題ではなく、まして金で解決できる問題でもなく、(ロシアにとっては)主義主張と国家の安全にかかわる問題として捉えられている。そこのところを、ロシア人の立場に立って想像できなければ、日露双方にとって現実的な解決策は見つけられないだろう。

そこで北方領土をめぐるロシアの譲れぬ前提を整理しておく必要がある。まず、ロシア人の領土観だ。日本人の中には、日本固有の領土と言う表現で、かつて日本に帰属した領土は永遠に日本のものだと思い込む傾向が強いが、ロシア人は、多くの西欧諸国の国民と同じく、領土というものは、歴史的に変遷するのが当然だという見方に立っている。そういう見方に立ったうえで、現在のロシアの領土は、第二次世界大戦の結果として確定されたものだと考えている。その確定された範囲に樺太は無論、北方領土も入っているわけだ。これは極東における領土の変更であったが、ヨーロッパと接する西部国境ではもっと大規模な国境の変更が行なわれた。ドイツの東部を割譲させてポーランドに与え、そのポーランドからロシアは広大な領土を割譲させた。

こうした歴史の経緯がある国境問題について、ロシアとしてはおいそれと変更を認めるわけにはいかない事情がある。もしも日本との間で国境の変更についての合意をすれば、それは西部国境の見直しにもつながりかねないし、中国との間でも新たな国境紛争を誘発しかねない。中国は中国で、19世紀の不平等条約で、広大な領土をロシアに奪われたという不満が、いまでも地下でくすぶっているのである。

次に大きな問題はロシアの安全保障だ。第二次大戦後ロシア(旧ソ連)はアメリカと軍事的な対立に入ったが、この対立の図式の中で、日本はアメリカの属国として、領土全体が対ロシア軍事基地のような形になった。そのような状態を前にして、ロシアにとって北方領土(クリル諸島)は、対米軍事対決の最前線としての位置付けを持たされてきたわけだ。その軍事対立の図式は、冷戦が終わった現在でも、基本的には変わっていない。しかも今では、ロシアはアメリカとEUとの間で深刻な対立に陥っている。そういうなかで、北方領土の軍事的な意義は少しも変っていない。日本が現在の対米従属を変えず、対ロシアの軍事拠点としての役割を負っていると見える限り、ロシアはおいそれと北方領土を日本に帰すわけにはいかない。それは自殺行為のようなものだ。そう殆どのロシア人は考えているはずだ(無論プーチンも)。

こんなわけで、北方領土が簡単に帰って来ると思うのは、よほどの楽天家でなければできないことだ。

ではどうしたらいいのか。これはむつかしいことだ。そのむつかしさは今に始まったことではないが、これまで領土交渉が殆ど進んでこなかったのは、日本が「固有の領土」と言う形式的な議論にこだわって、ロシア側の事情をほとんど考慮しなかったことにも原因があると言える。

領土の変更と言うのは、力を背景に行われるのが鉄則だから、北方領土の日本への帰属問題も、力によって解決するというのが、一見もっとも合理的な選択に見える。力の行使と言っても、いまどきロシアとの間で全面戦争をするわけにもいかないだろうから、それ以外の方法をフル動員して、ロシアを追い詰めて行くと言うのが現実的な選択になる。その場合には、日本もアメリカやEUと手を結んで、弱り目のロシアを徹底的に叩き、ロシアの国力を焼尽させるような方法を取るのが中心になるだろう。ロシアを徹底的に追いこむことによって、日本に救いの手を求めさせる。その時はじめて日本は、北方領土の返還と引き換えにロシアに一定の恩恵を与えてやる、という構図が成り立つかもしれない。しかしその場合でも、日本が未来にかけてロシアの安全保障にとって深刻な脅威にならないとの安心感を与えてやる必要はあるだろう。

要するに北方領土問題の解決を妨げている最大の要因は、ロシア側が日本をロシアの脅威と認識していること、その背景として日本はアメリカの軍事的属国であるとロシアが認識していること、この二つの事情にある。だから安倍晋三総理や日本の一部のメディアが、あたかも金で北方領土が買い戻せると思っているなら、それは大きな間違いというべきだろう。






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