蛇性の婬(六):雨月物語

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 二郎の姉が家は石榴市といふ所に、田邊の金忠といふ商人なりける。豐雄が訪らひ來るをよろこび、かつ月ごろの事どもをいとほしがりて、いついつまでもこゝに住めとて、念比に勞<いたは>りけり。年かはりて二月になりぬ。此の石榴市といふは、泊瀬の寺ちかき所なりき。佛の御中には泊瀬なんあらたなる事を、唐土までも聞えたるとて、都より邊鄙より詣づる人の、春はことに多かりけり。詣づる人は必ずこゝに宿れば、軒を並べて旅人をとゞめける。

 田邊が家は御明燈心の類を商ひぬれば、所せく人の入りたちける中に、都の人の忍びの詣と見えて、いとよろしき女一人、了鬟一人、薫物もとむとてこゝに立ちよる。此了鬟豐雄を見て、吾が君のこゝにいますはといふに、驚きて見れば、かの眞女子まろやなり。あな恐しとて内に隱るゝ。金忠夫婦こは何ぞといへば、かの鬼こゝに逐ひ來る。あれに近寄り玉ふなと隱れ惑ふを、人々そはいづくにと立ち騷ぐ。眞女子入り來りて、人々あやしみ玉ひそ、吾夫の君な恐れ玉ひそ。おのが心より罪に墮し奉る事の悲しさに、御有家<ありか>もとめて、事の由縁をもかたり、御心放せさせ奉らんとて、御住家尋ねまいらせしに、かひありてあひ見奉る事のうれしさよ。あるじの君よく聞きわけて玉へ。我もし怪しき物ならば、此の人繁きわたりさへあるに、かうのどかなる昼をいかにせん。衣に縫目あり。日にむかへば影あり。此の正しきことわりを思しわけて、御疑ひを解かせ玉へ。

 豐雄漸人ごゝちして、なんぢ正しく人ならぬは、我捕はれて、武士らとともにいきて見れば、きのふにも似ず淺ましく荒れ果て、まことに鬼の住むべき宿に一人居るを、人々ら捕へんとすれば、忽ち青天霹靂を震ふて、跡なくかき消ぬるをまのあたり見つるに、又逐ひ來て何をかなす。すみやかに去れといふ。

 眞女子涙を流して、まことにさこそおぼさんはことわりなれど、妾が言をもしばし聞かせ玉へ。君公廳に召され玉ふと聞しより、かねて憐をかけつる隣の翁をかたらひ、頓に野らなる宿のさまをこしらへし。我を捕んずときに鳴神響かせしはまろやが計較りつるなり。其の後船もとめて難波の方に遁れしかど、御消息しらまほしく、こゝの御佛にたのみを懸けつるに、二本の杉のしるしありて、うれしき瀬にながれあふことは、ひとへに大悲の御徳かふむりたてまつりしぞかし。種々の神寶は何とて女の盗み出だすべき。前の夫の良からぬ心にてこそあれ。よくよくおぼしわけて、思ふ心の露ばかりをもうけさせ玉へとてさめざめと泣く。

 豐雄或は疑ひ、或は憐みて、かさねていふべき詞もなし。金忠夫婦、眞女子がことわりの明らかなるに、此の女しきふるまひを見て、努疑ふ心もなく、豐雄のもの語りにては世に恐しき事よと思ひしに、さる例あるべき世にもあらずかし。はるばると尋ねまどひ玉ふ御心ねのいとはしきに、豐雄肯はずとも我々とゞめまいらせんとて、一間なる所に迎へける。こゝに一日二日を過すまゝに、金忠夫婦が心をとりて、ひたすら歎きたのみける。其の志の篤きに愛でて、豐雄をすゝめてつひに婚儀をとりむすぶ。豐雄も日々に心とけて、もとより容姿のよろしきを愛でよろこび、千とせをかけて契るには、葛城や高間の山に夜々ごとにたつ雲も、初瀬の寺の曉の鐘に雨収まりて、只あひあふ事の遲きをなん恨みける。


(現代語訳)
姉の家は石榴市というところにあり、夫は田邊の金忠という商人だった。豊雄が訪ねてきたのを喜び、またここ数ヶ月の間の災難を気の毒がって、いつまでもここで暮らしなさいといって、ねんごろにいたわった。年が明けて二月になった。この石榴市は長谷寺の近くにあった。仏のなかでももっとも効験あらたなことが唐土まで聞こえているとして、都や田舎から参詣する人が、春はことのほか多かった。参詣人は必ずここで宿泊したので、旅館が軒を並べていた。

田邊の家は灯火の類を商っていたので、大勢の客が所狭しと入ってくる中に、都からお忍びで来たと思われるたいそう上品な女が一人と、連れの童が一人、薫物を求めに立ち入ってきた。この童が豊雄を見て、ご主人がここにおいでです、と言うので、驚いてみれば、あの真女児とまろやである。豊雄は、ああ恐ろしいと思って内に身を隠した。金忠夫婦がどうかしたのかと聞くと、豊雄は、「あの鬼が追ってきました。あれに近づいてはなりません」と言って、隠れ惑う。それを見た人々が、その鬼とはどこだ、と騒ぐ。そこへ真女児が入ってきて言った。「みなさん怪しまないでください。旦那様も怖がらないでください。わたしのためにあなたが罪に落とされたのが悲しくて、お住まいを探し当てて、ことの由縁を語り、ご安心いただこうと、たずねて来ましたところ、その甲斐があって、うれしくもお会いできました。旦那様よくお聞きください。わたしがもし怪しいものならば、こんな人通りの多いところを、日中からどうして歩きまわれるでしょう。着物には縫い目もありますし、日に向かえば影もできます。この道理をわきまえて、お疑いを解いてくださいませ」

豊雄はやっと生きた心地にかえって、「お前がまさに人でないことは、わたしが捉われて武士たちとともにお前の家に行ったときに、昨日とはまったく変わり果てて、まさしく鬼の住処となったところにお前一人がいたので、みなで捕らえようとしたところ、たちまち青天霹靂が震い、お前が跡形もなく消え去ってしまったのでわかる。再びわたしを追ってきて何をなすつもりだ。速やかに去れ」と言った。

真女児は涙を流しながら、「あなたがそのように思われますのは無理もありませんが、私の言い分もしばし聞いてください。あなたが役所に召されたと聞くと、かねてから面倒を見てきた隣の翁と相談し、にわかに野中の宿のさまをこしらえました。私を捕らえようとしたときに雷が鳴り響いたのはまろやの細工です。その後、船で浪花のほうに逃れましたが、あなたの様子が知りたくて、ここの仏様に願をかけたのですが、霊験があってこうしてお会いできたのは、ひとえに仏の大悲のおかげです。種々の神宝は、どうして女の手で盗み出せましょう。前の夫がよからぬ心からしたことです。よくよくお考えになって、わたしの心をつゆばかりでもお察しください」と言って、さめざめと泣いた。

豊雄は、或は疑い、或は憐れんで、重ねていうべき言葉もない。金忠夫婦は、真女児のいうことが道理にかなっているうえ、その様子が女らしいので、まったく疑念を抱かなかた。「豊雄のいうことを聞いて、世にも恐ろしいことだと思ったが、妖怪変化のためしなどはこの世にあるはずもない。はるばる訪ねてきた心栄えが可憐だ。よし豊雄が受け入れずとも、自分たちが面倒をみてさしあげよう」と言って、真女児を一間に迎え入れた。真女児はここで二・三日過ごす間に、金忠夫婦の機嫌をとって、豊雄の仕打ちをひたすら嘆いてみせた。夫婦はその志に感じて、豊雄に勧めて婚儀を取り結んだ。豊雄も日々に心が打ち解けて、もとより真女児の美しさを愛し、千歳をかけて契りあった仲なので、葛城や高間の山に夜々ごとに立つ雲が降らす雨が初瀬の寺の暁の鐘に止むように、二人の仲はむつまじさを増し、ただ再会が遅れたことを恨んだ次第だった。


(解説)
豊雄が身を寄せた姉の家は石榴市にあった。石榴市は、奈良県の三輪山の南麓にあり、長谷寺の門前町のような体裁をなしていた。古来交通の要所であり、かつ大きな市の立つところだった。それ故、参拝や商いをもとめる人々が多く集まった。そこへ、参拝客を装った真女児とまろやが、豊雄を追ってやってくる。豊雄はじめは恐れ騒ぐが、姉夫婦は真女児のけなげな様子に感心して彼女に同情する。彼女には、豊雄のいうような妖怪らしいところがないし、姿かたちは美しく、気立てもよい。まして豊雄を害するようには全く見えない。ここで、真女児が、自分が妖怪でないことを証明する事実として、着物に縫い目があることや、日にあてれば影ができることを挙げているのは、原作そのままで、妖怪についての中国人の観念を表している。

結局豊雄は、真女児のけなげさに負けて、彼女と縒りを戻して結婚することとなる。なにか特別の事態が起らない限り、真女児は妖怪の本性を表さないし、その限りでは豊雄も幸福であることができるのだ。だが、如何せん、真女児は所詮人間ではない。ここが二人にとっては悲しいところだ。






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