上野公園画家写生、上野公園内之景:小林清親の東京名所図

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(上野公園画家写生)

上野の寛永時は徳川家の菩提寺として開かれ、徳川時代にも花見など節目節目に、境内地の一部が庶民に解放されていたが、維新後そのすべてが公園として全面解放された。正式名称を「恩賜上野公園」というのは、徳川家ではなく皇室より下賜されたということを強調するためである。

これはその公園の様子を描いたもの。右手に見える鳥居は東照宮のもの。だからこのあたりは、いま噴水がある広場の端のほう、動物園の前あたりだと思われる。背景に、京成線の上野駅に向かう坂が見える。

この広場に画家が陣取りイーゼルに向かって絵を描いている。それを周りの人々が珍しそうに眺めている。見物人はともかく、画家も和服姿なのが面白い。

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(上野公園内之景 明治十二年)

これも旧寛永時境内の様子を描いたもの。背景の建物は、廟堂のようにも見える。そうだとしたら、寛永寺霊園の一部ということになる。堂前の道は、いま国立博物館のある場所の西側の道になる。

道の両側が鬱蒼とした森になっているのも、これが廟堂周辺だということを暗示している。その道を小さな子を連れた女性が歩いているが、彼女は廟堂とはかならずしも関係ないのだろう。風景に人物を添えるのは清親の主義だから、これもその一例なのだろう。






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