三粋人経世問答:2016年米大統領選を語る

| コメント(1)
無覚先生:2016年米大統領選挙の結果、ドナルド・トランプが勝利しました。私自身はありえないことではないと思っていましたので、あまり驚きませんが、世界中のマスコミが大騒ぎをし、それにつられる形で株相場が大変動するなど、大変なショックが世間を襲っているようです。この事態を壺齋さんはどう見ますか。壺齋さんはブログの中でトランプ批判を展開していましたので、トランプの勝利はやはりショックだったんじゃないですか。

壺齋散人:ショックを受けたことは確かですが、それは勝たせてはいけない人に勝たせてしまったショックであって、ドナルド・トランプが勝利することを予想していなかったというわけではありません。いずれにしても、これはアメリカ国民の選択であって、われわれ部外者がどうのこうの言っても始まりませんし、だいたい私がそのことについて、この場で私見を述べる立場でもないので、これ以上の言及は慎みたいと思います。

無覚先生:静さんはどう思いますか。

静女史:私は大ショックだわ。だって、トランプのようなひどい人が、かりにもアメリカの大統領になるなんてありえないと思っていましたから。かれは女性を平気で侮辱するし、隣のメキシコの人達を強姦犯などと言って貶めるし、移民の排斥を訴えたり、政敵を口汚く罵ったり、自分のことについては見え透いた嘘を平気でついたりと、およそ人間として最低の人だと思う。その最低の人が何故、アメリカのような国の大統領に選ばれたのか。専門家はいろいろとしたり顔に言ってますけど、私には到底理解できない。こんなひどい人が何故アメリカの大統領になったのか。本当に恐ろしいことだと思います。

俄然坊居士:それは裏を返せば、トランプもひどいがヒラリーはもっとひどい、そうアメリカ国民が受けとめたからでしょう。今回の大統領選は、史上まれにみるひどい選択だと言われた。トランプもひどいがヒラリーもひどい。こういう状況を前に、アメリカの有権者はよりましな候補を選ぶというより、よりひどくない候補を選ぶという選択を強いられた。その結果、トランプはヒラリーほどひどくない、そう有権者が受け取ったのだと思う。

静女史:でも今回の選挙では、ヒラリーのほうが絶対得票数で上回ったというじゃありませんか。これってどういうことなのでしょうか。得票数が上回っているのにかかわらず、選挙では敗北する。これって選挙制度がおかしいことのあらわれじゃないのかしら。

無覚先生:アメリカの大統領選挙は独特のシステムで、有権者の投票がそのままストレートに反映するわけではない。候補者と有権者の間に、第三者の選挙人が介在し、その選挙人が最終的に大統領を選ぶというシステムになっている。その場合、その選挙人の割り当て方法がふるっていて、州ごとにどちらかの候補者が選挙人を総取りするような配分がなされる。だから、たとえば激戦区のフロリダについて言えば、得票数に応じて選挙人が配分されるのではなく、少しでも投票数の多かった候補、今回の場合にはトランプの陣営が、すべての選挙人を獲得する。だから、投票数で勝っても選挙では負けると言うこともありうる。それは、アメリカの大統領選挙は、州の代表によって選ばれるという思想があるからで、これは連邦制を採用しているアメリカならではの制度です。この点は上院の選挙も似たようなもので、各州が人口の多寡にかかわらず同じ数、つまり二人づつ上院議員を配分されていることとかかわっている。日本の感覚とは相当違うので、静さんの提起した疑問は、今の制度においては問題にされないのです。それはともかく、先程の俄然坊さんの指摘は興味深いですね。たしかに今回は、嫌われ者同士の対決と言われたくらい、二人とも人気がなかった。それにしてもヒラリーは何故こんなにも有権者に嫌われたのか。

俄然坊居士:やはり最大の理由は彼女の人間性に魅力がない、というより人間性を疑われたからじゃないですか。態度が大きいし、とにかく上から目線を感じさせる。それに多くのアメリカ人が拒絶反応を起こしたのじゃないか。アメリカ人は、黒人の男なら大統領を任せる気にはなれても、生意気な女に大統領をやらせる気になれなかったんじゃないか。そこのところをヒラリーの陣営は見誤った、どうもそんなふうに受け取れる。

静女史:それって露骨な女性差別だわ。アメリカ人が女性差別の感情に動かされたなんて、それはもともと女性差別の感情を抱いている人が、今回の事態を説明する都合のよい言い訳に使っているだけで、ヒラリー敗北の原因は違うところにあるんじゃないかしら。

無覚先生:たとえばどんなところにですか。

静女史:いま世界的な規模でナショナリズムが高まっていることなども、そのひとつとして考えられるわ。このナショナリズムが先日はイギリスをEUから離脱させたわけだし、アメリカの人々をも捉え始めている。それをトランプが巧妙に利用した、ということじゃないかしら。もしそうなら、これからは各国でナショナリズムがいっそう高まってゆくことが予想されるわけで、今回のアメリカ大統領選の結果はそうした大きな流れの変化を表している。そう考えないで、単に候補者の個人的な資質に焦点を置くのは、問題を矮小化させるものだと思うわ。

俄然坊居士:おやおや、静さんもなかなか学者らしい、どうのいったものの言い方をするようになりましたね。

静女史:茶化さないでください。わたしはわたしで真剣なんですから。

俄然坊居士:小生が思うに、今回の大統領選では、やはり既存の政治システム、それは既得権益と言い替えてもよいが、そういうものにアメリカ国民が反発したということを物語っている側面があると思います。ヒラリーはいわばエスタブリッシュメントのチャンピオンとして、既存の政治システムそのものを象徴していた。それに対してトランプが、既存システムの敵対者として、わかりやすい言葉を通じて挑戦した。それに国民が強く反応した、そういうことじゃないか。道学者の中には、今回の大統領選は既成システム対アウトサイダーの対決だというものもいるが、まさにアウトサイダーのトランプがエスタブリッシュメントの権化たるヒラリーを打ち破ったということではないでしょうかね。

無覚先生:たしかに既存政治システムに対してアメリカ国民の不満が高まり、その不満をトランプが吸収したということはあるでしょう。その不満はいくつかあるが、やはりグローバル化に伴い格差の拡大が進行し、多くの中間層が脱落しているという事態が背景として働いているということはできるでしょう。それに加えて、今まで多数派であった白人層が、このままの推移をたどると遠くない将来少数派に転落する可能性が指摘されている。それに白人層が敏感に反応し、これ以上白人の割合を減少させることにつながるような移民の流入に待ったをかけたということもあるでしょう。

静女史:それにしてもトランプのやり方はえげつないと思うわ。移民の流入を食い止めたいがために、隣人であるメキシコの人達を強姦犯呼ばわりする必要はないし、国境に壁を張り巡らすことも行き過ぎだと思います。

俄然坊居士:壁自体は今でもあるんですよ。メキシコとの国境のうちかなりな部分に既に高い壁が設置されている。トランプはそれを全面に設置しようと言っているにすぎないわけで、そう異常なことを言っているわけではない。

静女史:でもイスラム教徒を受け入れないとか、すでに入国した移民を強制送還するとか、非人道的なことを平気で言うのはひどいと思うわ。だいたいそう言っているトランプの夫人もクロアチアかどこかから来た移民だったわけでしょう。自分では移民の女性を妻にしておいて、ほかの人に向かっては移民排斥を訴えるなんて、ダブルスタンダードもいいところだと思います。

無覚先生:まあトランプの勝利とヒラリーの敗因についてはまだまだ言いたいことはあるでしょうが、これ以上言っても枝葉末節にわたる恐れが強いので、ここで趣向を変えて、トランプ後の政治、とりわけ日米関係がどうなるかについて考えてみましょう。トランプは政治的にはアメリカファーストを主張し、経済的には保護主義的な傾向を強く匂わせています。日米関係については、在日基地の負担を全額日本がすべきだとか、日本からの輸入品に高い関税をかけてアメリカの製造業を守るとか過激なことを言っています。自称評論家のなかには、トランプは大統領に就任すればそんな過激なことをしないで、もっと現実的にふるまうだろうなどと言うものもいますが、私にはどうもそれは甘い観測に過ぎないような気がする。少なくとも日米関係に何らの波風も立たないとは考えられない。場合によっては天地がひっくりかえるようなことにならないとも限らない。その辺は俄然坊さんはどう考えますか。

俄然坊居士:わたしは、トランプになったことでそんなにひどいことにはならないと思いますよ。かりにヒラリーが大統領になれば、彼女のこれまでの言動から見て、好戦的な外交を展開すると思います。今回ヒラリーがアメリカ国民に嫌われた最大の原因は彼女のその好戦的性格だとする見方もあります。そういう人達は、ヒラリーはウォーモンガー、戦争屋だと言っています。ところがトランプは、まだはっきりしたことはわからないが、ヒラリーほど好戦的ではないでしょう。これは、安部晋三政権はともかくとして、日本人にとってはよいことです。ヒラリーの音頭に合わせてアメリカの戦争に付き合わされるよりも、トランプの言動に振り回されるふりをしているほうがいいんです。トランプがアメリカ国内向けにどんなことを言おうがしようが、それはアメリカの問題であって、日本人には直接関係がない。ところがアメリカが戦争をおっぱじめると、日本も無関係ではすまない。

静女史:日本人はともかく、折角苦労して日本を戦争の出来る国にした安部政権にとっては不都合になるわけね。その安部さんは、早速トランプに電話をかけて当選を祝福したりして、なんとかトランプのご機嫌をとろうとしているようですけど、安部さんとトランプは、安倍さんとプーチンとのように、気があうんでしょうか。二人の性格からすると、似たもの同士のように映りますけど、似たもの同士はかえって反発しあったりして、むつかしいですよね。

俄然坊居士:安倍政権にとって当面最大の痛手はTPPの見通しがつかなくなったことでしょう。安倍政権は日本がTPPの主導的役割をすることで、グローバリゼーションの勝ち組になることをねらっていた。その狙いに狂いが生じるわけですから。安倍政権も、日本の成長は国内市場からは生まれてこないと判っています、今後人口減少の趨勢のもとで成長を続けるためにはグローバライゼーションをうまく活用し、その勝者となることで、世界の成長の果実を独り占め出来るような方策が必要だと考えていたはずです。その思惑があやしくなった。あやしいというより、真逆の方向に進んでゆきそうだ。アメリカが保護主義的になれば、そのあおりで世界中が保護主義的になる恐れがある。それは日本にとっては最悪の事態だ、そう安倍政権は考えていると思いますが、なにしろアメリカが相手では、無理に俺の言うことを聞け、というわけにもいかない。

静女史:トランプは、場合によったら在日米軍を引き上げるというようなことを言っていますけど、それを逆手にとって在日米軍基地を返還させる、とりわけ沖縄の基地を返還させる、というような可能性はないのかしら。

俄然坊居士:それは日本の選択肢としてはありえないことと言ってよい。なにしろ日本の安全保障はアメリカに全面おんぶすることで成り立ってきたわけで、在日米軍基地はおんぶの見返りに日本が差し出しているものだ。それを全部日本に返すということは、日本に対して、自分の面倒は自分で見ろというに等しいので、日本としては、よほどの覚悟がないかぎり、それでいいでしょうとは言えない。むしろ当面は、どんな負担でもしますから、是非いままでのように在日基地を維持してください、というに決まっています。

無覚先生:トランプ後の日米関係も、今回の選挙の分析同様、なかり錯綜したものがありますね。それを確認できたことを、今日の問答の収穫として、このへんで終わりにするといたしましょう。






コメント(1)

壺斎様
 トランプが勝利をするとは思いももよらなかった。アメリカは「ジョオカー」をひいてしまったのだろうか。
 勝利したトランプは打って変わったように振る舞い、選挙中の暴言は影を潜めた。「気持ちいいほどの変節ぶり」と誰かが言っていたあの言葉を思い出す。
 このような人を大統領に持ったアメリカ人は幸せになるのだろうか?
 全世界の人々にとって良い方向にむかうのだろうか?
 ただ神のみぞ知る。いや神も困っているかもしれない。
 2016/11/11 服部

コメントする

最近のコメント

アーカイブ