人生山あり、海ありですよねえー:長嶋茂雄の名言

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朝日の今日の「折々のことば」が長嶋茂雄の名言を紹介している。都はるみを招いたラヂオ番組の中で、引退する彼女に向かって長嶋が「人生山あり、海ありですよねえー」と言ったというのだ。長嶋としてはそれまでの彼女の波乱に富んだ人生をねぎらったつもりなのだろう。彼女もそんな長嶋の配慮に感じたか、唸るように共振した、と評者の鷲田は書いている。

長嶋が数々の名言をしたことはよく知られている。それらはだいたいが笑いの種となったが、言った本人は笑ってもらおうとして言ったわけではなく、心に思ったことをそのままに表現したまでだ。そのなかにはたしかに笑ってしまうものもあるが、よくよく味わいながら受け止めれば、長嶋なりにいいことを言っている。そんな気持ちがこの文章には込められている。都はるみに関して言えば、よいこともつらいこともあった。よいことは山に例えることができるだろう。だがつらいことを谷にたてえるのではなく、海に例えれば、「『谷』に突き落とす重力ではなく、体を押し上げる『海』の浮力に乗るお二人の、つねに向日的な思考がまぶしい」。そう言って、鷲田なりの共感を示している。

長嶋の名言には、村上春樹も好意的だ。村上もはじめは世の中に同調して長嶋の名言の迷言ぶりをからかっていた。なにかの文章の中では、その名言の一覧表まで示して、随分とこっぴどくあざ笑っていたものだ。筆者はその文章の所在を忘れてしまったので、確かめるすべがないのが残念だが、後にはこうした態度を反省して、長嶋の名言を評価するようになった。その一例となる文章が手元にある。エッセー集「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」に収められた小文だ。

この小文の中で村上は、監督時代のインタビューでの言葉、「私は選手を信頼していますが、信用してはいません」を取り上げて、次のように言っている。

「そのときは、『またよくわけのわからないことを言ってるな』と思ったくらいだったが、時を経て自分なりの立場に立ってみると、そのニュアンスが実感として理解できるようになった。まわりの人を基本的に信頼しなければ、物事は進んでいかないが、かといって信用しすぎては、お互いのためにならない場合がある。実にそのとおりだ。『信頼すれども信用せず』、名言ですね」

この言葉と言い、鷲田の紹介した言葉と言い、長嶋がそこまで深く考えてそう言ったのか、それは明らかではないが、人をしてそう思わせるところに長嶋の人間としてのよさがあるのではないか。そんな風に感じた次第だ。





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