寿司を食いながら昔を語る

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旧友鈴生と久しぶりに会って、船橋の寿司屋で歓談した。カウンター席に並んで座り、まずは挨拶を兼ねて近況を報告しあう。小生は世の中から身を引いて、目下悠々自適の毎日を送っているよと控えめに言う。鈴生のほうは、二年前に特発性難聴になったのがもとで、耳が聞こえなくなったし、足腰も弱くなった、満身創痍で何時死んでもおかしくない。この分だと母親より先に死ぬかもしれないと言ったら、母親より先に死ぬのはこの上ない親不孝だと叱られた。こんなわけで、二年前に完全に仕事をやめて、今はあんた同様自由の身だが、あんたのように遊んでいるわけではなく、毎日老々介護に忙しいのだと言う。

ところで、母上はいくつになったんだねと聞くと、九十八になると言う。それは喜ばしいことだが、もう自分では何もできないのかねと聞くと、いや食事は自分でするし、便所へも自分で行く、ただ風呂はなかなか力がいるので、滅多に入らないという。風呂なら自治体の出張入浴サービスを利用すればいいじゃないかと言うと、うちの母親は古風な女で、他人様を煩わせるのが嫌いなのさ、それで風呂は我慢しているが、病院のほうはそうはいかず、定期的に薬を貰いに連れて行っている。じゃあ、老々介護といっても、母親を病院に連れて行く程度のものか。それなら介護のうちには入らんよ、と小生はたしなめるように言った。

百近くになってもそんな具合なら、まだ当分存命を楽しめそうだ。だが死ぬときは畳の上ではなく、病院のベッドの上のほうがよい。畳の上で死なれたら、場合によっては警察沙汰になり、ひどい目にあうかもしれんから。そう忠告したところが、いやうちの場合には往診してくれる主治医があって、万一の場合には駆けつけてくれるようになっているので、心配は無い。死後二十四時間以内に死亡診断書を書いてもらえれば、警察沙汰にはならないからね。

親に死なれると相続が面倒だ、と鈴生が言う。面倒だと思えるほどの相続財産があるのは贅沢な悩みだな、そう小生が言うと、あんたのところも他人事ではないよ。だから、税金を減らす為の対策はいまから採っておいたほうがよい。また、後でもめないように、遺言を残しておいたほうがよい。あんたが死んだあとで迷惑するのは遺族なのだから、彼らのためにも考えておいたほうがいいよ。そう鈴生がしんみりとした調子で言うので、小生もいささか考えさせられた思いになった。

ところで先日は佐倉の祭りを見に行ってきたよ、と鈴生が話題を変える。例年の神酒所(屋台)のほか、今年は山車(人形)が三台出ていた。なんでも二年前からそうなったそうだ。そう言うので、小生が見たのはもう七・八年前のことになるが、その時には山車は一台しか出ていなかった、と言うと、それは横町の山車だろう。横町は以前から山車を出していたからという。自分は並木町の神酒所についていったが、その神酒所が翌日何者かに放火され、焼けてしまったと後で聞いた。世の中には罰当たりなやつがいるものだ、そう言って鈴生は嘆息する。

佐倉といえば、これも先日のことになるが、久しぶりに佐倉高の同窓会に出てみたよ、と鈴生が言う。随分久しぶりのことなので、顔と名前が一致しない。すぐにその人とわかったのはSだけだった。人間というものは、年をとるとこんなにも顔の変るもんだと、改めて驚いたよ。自分の隣に座っていた女は、自分からは思い出せなかったが、相手が思い出したようで、あんた鈴君じゃないの、となれなれしく声をかけられた。いやあ決まりが悪かったよ、などとわけのわからぬことを鈴生は言う。

その同窓会の案内は俺のところには来なかったぞ、と小生が言うと、あんたは行方不明扱いになっていたぞ。今の住所を把握できていないんだ。なんだったら俺から連絡しておいてやろうか、と鈴生が言う。それはともかく、あんたも入って当時の連中と一度集まりたいね、と鈴生が続けて言うので、俺はいまになって当時の野郎どもと会いたいとは思わないね。会うんだったら女たちだけにしてもらいたい。女たちとならいつでも喜んで会うよ、そう言ったところが、鈴生は迷惑そうな顔をして、自分には親しく話せるような女友達はおらん、と言った。

どうせ昔の連中と会うなら、高校より小学校の同級生のほうがいいね。そう言ったところが、これには鈴生も賛成して、俺もそう思う、俺のクラスは結構最近まで連絡を取り合っていたが、あんたのクラスはどうだと聞く。我々のクラスは、担当教員が生きていた間は結構頻繁に会っていたが、彼女が死んでからは、求心力を失って集まることがなくなった、残念なことだ、と答える。

こんな具合で、話のたねは尽きることがなかったが、あっという間に三時間が過ぎ、夜もいよいよ更け行くのを見て、腹の仕上げに握り寿司でも食って〆ようということになった。まだお互いに元気なうちに、また会おうと約束して別れた次第だ。





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