九天体を運行する神性のヴィジョン:ブレイクの「神曲」への挿絵

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ダンテとベアトリーチェが、恒星天の更に外側に広がる原道天に上ってゆくと、光り輝く九つの環と、その中心で微小に輝く点が見えた。九つの環はそれぞれ九つの天体に対応し、その中心にある光は、これらの天体の運行をつかさどるもの、すなわち神の光であるとベアトリーチェはダンテに説明する。

 淑女わが心の中の疑ひを見て曰ふ。最初の二つの輪はセラフィニとケルビとを汝に示せり 
 かれらのかく速に己が絆に從ふは、及ぶ限りかの點に己を似せんとすればなり、而してその視る位置の高きに準じてかく爲すをう 
 かれらの周圍を轉る諸の愛は、神の聖前の寶座フローニと呼ばる、第一の三つの組かれらに終りたればなり 
 汝知るべし、一切の智の休らふ處なる眞をばかれらが見るの深きに應じてその悦び大いなるを 
 かゝれば福祉が見る事に原づき愛すること(即ち後に來る事)にもとづかざる次第もこれによりて明らかならむ 
 また、見る事の量となるは功徳にて、恩惠と善心とより生る、次序をたてゝ物の進むことかくの如し 
 同じくこの永劫の春――夜の白羊宮もこれを掠めじ――に萌出づる第二の三つの組は 
 永遠にオザンナを歌ひつゝ、その三つを造り成す三の喜悦の位の中に三の妙たへなる音をひゞかしむ 
 この組の中には三種の神あり、第一は統治ドミナーツィオニ、次は懿徳ヴィルトゥーディ、第三の位は威能ボデスターディなり
 次で最後にいと近く踊りめぐる二の群は主權ブリンチパーティと首天使アルカンゼリにて、最後にをどるは、すべて樂しき天使なり 
 これらの位みな上方を視る、かれらまたその力を強く下方に及ぼすがゆゑに、みな神の方に引かれしかしてみな引く 
 さてディオニージオは、心をこめてこれらの位の事を思ひめぐらし、わがごとくこれが名をいひこれを別つにいたりたり 
 されどその後グレゴーリオ彼を離れき、是においてか目をこの天にて開くに及び、自ら顧みて微笑ゑめり 
 またたとひ人たる者がかくかくれたる眞をば世に述べたりとて異しむ勿れ、こゝ天上にてこれを見し者、これらの輪に關はる 
 他の多くの眞とともにこれを彼に現はせるなれば(天堂編第二十八曲から、山川丙三郎訳)


絵は、九つの天体をあらわす環と、それらの運行をつかさどる神を描く。本文では、神を中心として、それぞれの天体が内側から外側へ放射状に広がっていくように書かれているが、ダンテはそれを解釈しなおして、天体を上下の階層として描き、その頂点に神を位置づけている。

絵の中の一番下の半円状のものは月をあらわし、十字架の印のあるものは火星をあらわす。それぞれの天体には、それらにかかわりのある天使たちのイメージが描かれている。






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